第36話  闖入者は突然に

 瞼が微かに震えた。

 もう大丈夫みたいだな。


「ようやくお目覚めかよ。お姫様」


 枯れた芝生の上に横たわる俺は、隣の春日にいった。

 声に応え、静かに瞼が開かれ、ぼんやりとした目に生気が戻り、俺に気付いて薄っすらと微笑んだ。

 なんで笑ってんだよこん畜生。


「非時さん。呼んでくれましたね、また・・・」

「寝坊助の下働きを、わざわざ起こしてやったんだよ。給料下げるぞ」

「またまた、そんなこと・・・って、さっきなんていいました?」

「はぁ?」

「さっき、おれのことお姫様とかいいました⁉ ななななにいっちゃってるんですか? もう本当破廉恥だ。これだから嫌なんすよもう!」


 わぁわぁわめきながら起き上がった春日は、まだ地面に伏したままの俺の姿に目を止めた。


「え、トキジクさん、か、体が・・・」

「あ? ああ、これか?」

「あの・・・、どうして。不死なんでしょ? 不死身なんでしょ? なのにどうして体がそんな風なんですか?」


 そう、俺の体は今、惨憺たる状態だった。

 目ん玉片方無いし、腹にもでかい空洞出来てるし、右手は骨だし。


「おれのせいだ・・・」

「は?」

「おれのせいなんすよね⁉ おれがまた暴走したからって、はっ、宇良は? 美良は? あいつらは⁉ 死んじゃったのかな。みんな死んじゃうのなか⁉」


 春日は急に立ち上がって辺りを見回した。

 おいおい不安定過ぎるだろ。また訳わかんねーことになられても困るんだけど。


「おい春日、ちょっと落ち着けよ。俺今動けねーんだからさ、回復するまで」

「え、回復するんですか? 死なないんですか?」


 春日は俺の側にしゃがみ込んで泣きそうな顔をした。


「良かった。師匠は死なないんですね。おれのせいで死なないんですね・・・」

「誰のせいだって俺は死にやしねーよ」


 俺は動く方の手で、春日の頬を撫でた。


「そういえば、トキジクさんがここに来たとき、他に誰かいませんでした?」

「ん? いや、いなかった、と思う」


 はて、どうだったかな。

 辺り暗いし。


「ええ・・・あれからどうなったんだろう」

「ていうか、ここでなにがあったんだ?」

「ああ、えっと、その前に・・・」


 いい淀んで、春日はまだ地面に横たわる俺を不安そうに見下ろした。


「・・・どうした?」

「師匠の体、なんでまだ回復しないんですか?」

「テメェのせいだろ」

「やっぱり‼」

「冗談だよ。いくら俺様だって、無限に再生出来る訳じゃねーんだ。限度を超えた再生の場合は、こうやって外からちょっとずつ生気を貰ってやるんだよ。だから俺の周りだけ地面の芝生枯れてるだろ?」

「え、ちょっと待って。いや、近づかないで下さい」

「ぶっ殺すぞ」

「だって生気吸い取られるんでしょ⁉」

「俺のはあくまで、大気中からとか大地とか自然から吸収するんだよ。あとせいぜい植物からだ。動物からは出来ないんだ。仕組みはよーわからんけど」

「そういうモノなんですか? ていうか自分のことわかってないんすね」

「うるせーよ」


 その後、春日らから「そもそもどれくらいまで体は再生するんですか? 体バラバラになったらどうなるんですか? 頭無くなったらどうなるんですか?」とか面倒臭ぇ質問が続いた。

 そこに、闖入者がやってきた。


『やぁやぁやぁ、お取込み中失礼するよ』


 独逸語で囃し立てながら、フリードリヒ・アルフレート・クルップが現れた。

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