第20話  超重要人物

『見つけたぞ、賊が!!』 

ドイツ軍人は月が輝く夜空から、颯爽と舞い降りてきた。


 何様だよまったく。しかしここは人が多い。


 長屋の住人たちは、空から降り立った金髪の白人を見て、もう発狂寸前だった。しかも片手にはサーベルを閃かせているときたもんだ。そりゃ恐怖だよ。

 俺は逃げ惑う人々を掻き分け、ここから離れるように走った。


『邪魔だ! どけ!』

 背後でドイツ野郎が叫ぶと、暗い長屋街を急に橙色の光が照ら出した。

 振り返れば、そこには勢いの或る火柱が上がっていた。

 熱波と光を遮るように顔の前に手をかざす。

 こいつ、頭イカレてやがるぜ。こんな木造建築の真っただ中で炎なんて。


 阿鼻叫喚の大混乱の中、誰かが炎を纏うドイツ軍人に罵声を浴びせた。

「このすっとこ野郎! こんなとこで火遊びしてんじゃねぇ! ぶっ殺されてぇか‼」

「どこのどいつだクソ野郎! 焼き豚にすんぞ!」

「見世物小屋に売り飛ばすぞ! このいかさま野郎!」


 同時に周囲から手桶で水を次々と浴びせかけられた。

「てやんでぇ、火消しは江戸の華だぜ‼」


 ずぶ濡れになった立ち尽くすドイツ軍人は、怒りと寒さで身を震わせていた。


 うわ、なんか悲惨。可哀そう。すげぇ粋がってたのに出鼻くじかれてんの。恥ずかしいな、流石にあれは。

 自暴自棄になる前に、皆さんを非難させておくか。

「もういい! テメェら。俺が始末付けるからすっこんでろ!」

 俺は声を張り上げ、両手に召喚したピースメーカーをこれ見よがしに構え、撃鉄に指をかけた。

 拳銃を目にした町屋の住人は蜘蛛の子を散らすように退散していった。


『おい、魔法使い』

 俺の問いかけに、ドイツ軍人は答えない。ただ俯き、長い金髪を水で濡らし、雫を滴らせているだけだ。

 銃口を二つ向けてはいるが、俺の予想が当たっていれば、銃弾なんて意味がない。さっきのように防がれるだけだ。


『おまえ、どやって魔法を発動させている?』

『・・・ふふふ、どうしてそんなことを訊く?』

 不敵に笑いながらようやくドイツ野郎は答えた。

『別に。好奇心から』

『ふん。その口振りからすると、もうわかってるんだろ? 私がの持ち主だと』

 やっぱりそうか。


 写真記憶。


 一目見ただけで、写真機のようにその目で見た対象を記憶してしまう能力。一度記憶すれば絶対に忘れないし、いつでも自由にありありと思い出すことが出来る。この能力を使えば、術式・魔法陣など一瞬でしかも完璧に記憶することが叶い、好きな時にいくらでも意識に浮かべ、使うことが可能なのだ。

 だから複雑な飛行術を行使しながら雷の魔法も使えた。

 まったく厄介な野郎だぜ。


『この能力の凄さも理解しているのだろ? もう降参したらどうだ?』


 なんでこんな最上級の術師が、護衛なんてやっているんだ?


『私がいる限り、フリードリヒ様には指一本触れさせはしないぞ』

『ん、フリードリヒ? あいつはハンス・ミュラーじゃないのか?』

『ハンス? 誰だそれは。お前はあの方がクルップ社総帥、フリードリヒ・アルフレート・クルップ様だと知らなかったのか?』


 な、なんだ⁉

 あいつがフリードリヒ・アルフレートだと?


『その顔だと、知らなかったらしいな。いったいどんなガセネタを掴まされたのやら。しかし、彼を付け狙っていたことには変わりなはい。いろいろと訊きたいことがある』

 そんな超重要人物だったのか。だからこそコイツが護衛していた。

 ということは・・・もしかして。

 春日が危ねぇんじゃねーのか?

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