第9話  鬼と人狼と不死者と闇

 ワン公こと書生の犬八は、主人の眼鏡先生こと界草平を両腕で抱え上げると、お堀の方へ勢い良く投げ落とした。

 眼鏡先生の叫び声の後、下の方から大きな水音が聞こえてきた。

 え、ちょっとワン公怖い、過激すぎ。


「先生ぃ、大丈夫ですか⁉」

 大声で声をかける犬八。

 水の中に投げ込んでおいてダイジョウブデスカはねーだろ。

「ゲホッ、ゴホッ、け、犬八、大丈夫じゃないよ! なんでこんなこと⁉」

「しばらく下に居て下さい! 上は危険なんです!」

 俺は変化する鬼に銃の狙いを定めながら、ワン公に向かって言った。

「過保護な奴! いつかそれがアダとなっても知らねぇぞ!」

「うるさい。とっととあの鬼を仕留めるぞ」

 うんだよ、主人が居なくなった途端、急に真面目になりやがって。


「そんじゃ、本気になったところで、行きますか」俺は今までのピースメーカを消し、新たに二丁の銃を両手に出現させた。「とりあえず俺様が撃ちまくるから、テメェはなんとかしろ」

「オレに当てるなよ」

「神のみぞ知る、だ。ま、俺は信じちゃいないがな」

 俺は両手で銃を構えた。

 全弾銀製の特別仕様だ。銀メッキだけど。それでも金かかってんだぜ? 後でちゃんと経費回収させてもらわないとな、マグナス卿。

 隣ではワン公の姿がみるみる銀色の毛で覆われていく。

 人狼、狼男、ライカンスロープ、ルー・ガルー、なんても呼ばれてる。しかしこいつは一般的な狼男とはかなり違うな。

「ま、どうでもいいや。ちゃっちゃと終わらせようぜ、ワン公!」

 俺の声に応えるかのように、変質を終えた元ドイツ野郎、今は鬼野郎が咆哮を上げた。


 おいおい、こいつもう人間性吹き飛んでんじゃねぇか?

 この世に存在する鬼にもいろいろ種類がある訳で。こいつは結構下っ端の、異界の訳の分からん存在が人間に憑依したよくあるタイプだな。ま、それでも面倒臭ぇのは確実なんだがな。


「オラオラオラァァァ」


 両手のピースメーカーを連続でぶっ放した。が、鬼はそれよりも先に身をかわして突進してきた。人間の姿の時より一段と速い動きだ。普通だったら俺様でも付いていけないが、残念、既に“敏捷”の魔法を魔法陣無しで発動させていたので、反応出来るんだぜ。

 力任せの大振りの拳を横っ飛びでかわし、更に銃弾を浴びせる。その内二発が脇腹に命中した。デカイ体だからいまいちダメージは少なそうだが、銀メッキだしな、変質した肉体にも損傷を与えることが出来る。


 一瞬動きを止めた鬼の死角から、人狼となったワン公が獣の拳で顔の側面をぶん殴った。

 ドイツ鬼野郎は血と何本かの牙を撒き散らしながら勢い良く吹っ飛んだ。

 スゲー馬鹿力。しかしあれでまだ顔が原形留めてるとは、思ったより頑丈だな。ま、それでも顎の骨は砕けてんだろうけど。


 数メートル離れた道路の上に倒れてる鬼は。それでも動いて、立ち上がろうとしていた。

「やっぱトドメは俺様がカッコよく可憐に決めますか」

 俺は銃を構えながら近づいた。

 しかし数歩進んだところで足を止めた。

 なんだ? あれは。

 倒れている鬼の体を、何か黒いモノ、夜よりも暗い煙のようなモノが覆い始めていた。

「おい、アレを見ろ」

 ワン公も異変に気付いたようだ。

 ま、俺たち普通に夜目が効くからね。ていうか人狼に変化してもちゃんと理性保ってんのか。やっぱ別モンだなこいつは。

「いったいなんなんだありゃあ」

「アレの出処を見ろ」

 ワン公に促されて煙の動きを辿っていくと、なんとソレはあの半魚人の死体から湧き起ってきたモノだった。

「いったいどうなってんだ?」

「知らん。しかし、途轍もなく良くないモノなのはわかる」

「おお? 珍しく意見が一致したな」

 実に禍々しく、出処である半魚人の体よりも臭い、吐き気を催す腐臭を発散する黒煙は、ドイツ鬼野郎の体を貪るように浸食し始めた。

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