第2話  英国貴族はそんなことしない

 マグナス卿は英国大使館付きの文官という身分になっているが、その権限は計り知れない。まぁそれ以前にヴァンパイアだということが、既にただの文官ではないのだが。要するに一筋縄ではとてもいかない存在なのだ。本当に扱い辛いったらありゃしねぇ。


「なんだい、また面倒事を持ってきた、みたいな顔して」


 図星ですよ、もうわかってるんでしょ? 俺の考えは見え見えなんでしょ? わざとらしいんだよもう。


「いやいやそんな。ただ、初耳だったもんでね」俺はエールをグイッとあおった。飲まなきゃやってられねーっつうの「で? なんでしたっけ。牛狩りでしたっけ?」

「まぁ不死といってもね、どうやら連中は不死というものがどういうものなのかよく理解していない節がある。手あたり次第というか、まだ研究の途上にあるのではないかな」


 あれ、今俺の「牛」を無視して「不死」と「節」かけました? 卿は駄洒落も嗜むんですかね、さすが英国貴族、趣味の懐が深い!


 なんて言う訳ないだろ。


「いやいやいや、話が先に進み過ぎですよ。だいたい“連中”って。もう察しは付いてるんですかい?」

「ふふ、まぁその辺は、探偵である君に任せるとしよう」


 含み笑いを浮かべて、マグナス卿はキュウリのサンドイッチをつまみ、ミルクティーを飲みながらマスターと世間話を始めた。


 え? 終わり? これで話終わりですか?

 曖昧過ぎる!


 そもそもこれってなんなの? 仕事の依頼なの? それともただの噂話?

 しかしこの人にこれ以上訊いて機嫌損ねるのもアレだしなぁ。だいたい怒ると怖いしなぁ。怒ったとこ見たことねーけど、わかるよ。この人怒らせたらとんでもないって事ぐらい。


 ひとしきりお話を満喫すると、マグナス卿は帰り支度をし始めた。

「それではこの辺で、私は失礼するよ」

 笑顔で挨拶して、不吉な闇を引き連れ、店を出て行った。


 なんだか勝ち逃げみたいにしていなくなったけど、どうすんの? 俺は不死狩りだかフシダラだかを調べなくちゃならないの?

 ちゃんと報酬出んのかよ、コレ。

 しかし、正直気になるっちゃぁ気になる訳で。不死といったら俺の専売特許みたいなもんだからね。そもそもそれで卿は俺にこんな話もってきたんだろうな。思うツボだぜ。

 クッソ、しゃーない、乗ってやるか!


 勘定を払って酒場を後にし、大手町辺りの大通りに出た。

 人通りの多い中、俺は手近にいた車夫に声をかけた。その車夫はどこかへ行ってしまい、しばらくすると、違う人力車がやってきた。


「久しぶりでやんすねぇ、トキジクの旦那」

「よう、小十郎。呼びつけてすまねぇな」

 こいつは車夫の小十郎。しかし裏の顔は情報屋だ。ま、どっちが裏でどっちが表か、わかったもんじゃねぇがな。


「とりあえず、流してくれ」

 俺はそう言って人力車に乗った。

 三十メートル程走ったところで、小十郎に話しかけた。

「最近妙な噂は聞くかい?」

「きょうび世間は妙な噂で溢れ返ってますぜ?」

「そうかい、そいつはよかった」


 いや、そうじゃなくて。そんなありきたりの一般論的な世間話をしにきたんじゃなくて。


「近頃、不死狩り、なんて噂聞くかい?」

「不死狩り? さぁ・・・。ていうかなんです? それ」

 小十郎はあからさまに不審がった。

 ですよね。いきなり「不死狩り」とか、明らかに不審者扱いだよね。


「不死狩りのことはよくわかりませんがぁ・・・、河童の話なら耳にしますぜ?」

 え・・・河童? なぜ?

 ちょっと違うかな。あのヴァンパイアのマグナス卿が、わざわざ河童の話題振らないでしょ。


「四谷の外堀辺りに出るって最近もっぱらの噂ですよ」

「出るって、河童が?」


 いやいやいや、だから違うから。英国貴族様が河童の噂とか気にしないから。


「へい、着きました」

 小十郎は舵棒を下ろして、平気な顔で車代を要求してきた。

 こいつ本気かよ・・・。


 結構高くついた。河童の噂に相当金遣った。なんで俺様が河童の捜索しなきゃなんねーんだ? 

 しかし、最近仕事らしい仕事してないしなぁ。ついこの間の頭のイカレタ宗教団体からの仕事は骨折り損に終わったし。どうすっかなー。なんとか話しでっち上げてマグナス卿を言いくるめてドサクサに紛れて金ぶん捕るしかねーな、これは。

 よし、夜に備えていったん戻るか。

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