勇者日記 その2
最悪だ。最初街から出たとたんにわけのわからないドラゴンにミンチにされて以来、何度か同じ目に合わされた。
しかし。何度ヒドイ目に合わされても戻った先で言われる事はほとんど同じ。
「死んでしまうとはなさけない!」
もうね。アホかと。そもそも『なさけなさ』とやらを披露する前に死んでるんだっつ~の。秒よ。秒。そういえば角材どこやったかな。いつの間にか失くしたわ。でも服は破れない。なにこれ呪い?
とりあえず、このままだとどうにもならないので仲間を募集する事にした。
この街にある酒場は、いわゆるギルドとやらも兼ねている関係で冒険者というかゴロツキのたまり場のようになっていて、仲間探しなら簡単に思える。
というか、実際に簡単なのだ。なぜなら、俺は勇者だからだ。勇者に任命された俺には勇者特権というものが存在し、これは数少ない勇者になるメリットでもある。
その一例として、俺に『お前今日から俺の仲間な』と指名されたら相手にはそれを断る権利が無い。強制的に俺に連行される事になる。
そして、それは街の人達には周知の事実であり、それがこの街で勇者が嫌われる原因の一番大きな部分でもある。ついうっかり俺の目に止まってしまえばもはや旅立ちは避けられないからだ。
そんな、最高であり最悪の特権を行使される可能性が一番高い場所・・・。それが、この酒場なのである。
俺が酒場のトビラを開けた瞬間、中の空気が凍りつくのがわかった。ここのところ街の近辺に謎の強モンスターが発生する事もすでに噂になっており、旅立ちの勇者様がそもそもまだ旅立てていない事もまた噂になっていた。
でもまぁあらゆる危機が実際に自分の身に訪れるまで実感がわかないもんで、この酒場の冒険者達も、まさか自分がという思いで普段と同じ生活を続けていたわけで。
それが、今日まさに仇になったわけで。
俺という、恐怖の勇者様と目を合わせる冒険者はいない。普段なら、俺が一番強い!と競い合っているような屈強な冒険者達が、まるで何も言おうとしない。完全に会話は無である。
ここまで嫌われているのなら、もう今さらどれだけ嫌われてもかまわない。せっかくだし、自分の都合だけを押し通したPT編成でいこう。どうせ相手に拒否権などないのだから。
俺だけではここにいる冒険者の素性はわからないし、また聞いても正直に話してもらえるともまったく思えないので、酒場のマスターの元へと向かう。
少し挨拶を交わすと、完全にひきつった笑顔を浮かべて会釈してきた。
マスターに、力持ちの戦士と、出来るだけ可愛くて強い魔法使いと僧侶を紹介してくれるように頼む。そして付け加えて、俺は勇者だからな。と一言添える。
もしここで下手を打てば、酒場は王様から遠まわしな嫌がらせを受ける事になる。もはやこの街単体で見れば完全に俺が魔王だ。
とりあえず一旦酒場から出るように促され、酒場の前で待つ事2時間ほど。途中、中から悲鳴や怒号が聞こえてきたが、俺には関係ない事だ。
そして、俺の冒険の仲間がやってきた。
見るからに筋肉質ないかにもな戦士と、金髪ツインテで可愛らしいが胸はそれなりな魔法使い。そして、神職のくせに胸は魔性の僧侶が仲間にくわわった。
戦士はなにやら顔がキズだらけに。魔法使いと僧侶は明らかにさっきまで泣いていた目をしている。なんかもう逆に笑えてきた。
「じゃあとりあえずは自己紹介でも・・・」
と会話を切り出したが、無視された。目も合わせてくれない。もう魔王討伐どころじゃないんじゃないこれ?
まず冒険の第一歩として、4人で再度王様の元へと向かう。そこで、俺以外の3人も手の甲にハンコを押してもらった。これで、俺同様に死ねなくなった。今このメンバーの中で『この世で一番嫌いな人間は誰ですか?』と聞けば、満場一致で俺だろう。
王様は、ハンコ以外にもまた俺とお揃いの服を3人にも渡し、戦士に角材。魔法使いと僧侶には木の杖を渡していた。俺とは違い3人は一応プロの冒険者である。個人の装備もすでにあるのに、そんなゴミ渡されて恩に着せられても。
自身の身に死ぬほどヘイトが集まるのをヒシヒシと感じるが、とにかくこれで勇者様ご一行の誕生だ。
さぁ!魔王討伐の始まりだ!
隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている! こゆき @koyuki1229
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