22世紀的懐古主義

リーマン一号

22世紀的懐古主義


時は22世紀、所は製品開発部。


人気のないオフィスに会議室から漏れる声がひっそりと響く。


「社員の諸君!今日わざわざ集まってもらったのは他でも無い、君たちの営業成績についてだ!」


営業部長が重々しくその言を告げ、他の社員をじろりと睨みつけると、正面のモニターに立体グラフが現れ、それを見た社員の一同の顔が曇った。


「我が社はこれまで三十年という月日を全て右肩上りで過ごして来た!これは誠に素晴らしいことだ!ぜひみんなで称え合おうじゃ無いか!」


そう言って営業部長は一人寂しく拍手を始めたが、それに続く者はいない。


悲しい音が暫く続き、そのテンポが徐々に遅くなっていくと、福の神のように笑う営業部長の顔が一瞬にして般若のように変わった。


「そうだよな!?祝う気にはなれないよな!?なんせ今年の営業成績がこれだからな!!」


30年間の輝かしきグラフには隠された翌年のデータが付け加えられ、その落差の激しさが露呈する。


「半分だよ!半分!わかる!?半分!!一体どうしてこんなに落ち込んでんだ!?ああ?」


もちろん反応できる社員などいなく、営業部長もそれを理解している。


あえて気の弱そうな社員を指定し、背中を叩いて席を立たせた。


「よし!じゃあ、お前!言ってみろ!」


「そ、それは、わ、我々、商品開発部の・・・」


「ああ!?なんてー!?声が小さくて聞こえねーな!?」


「我々、商品開発部の見通しが甘かったからです!!」


「ちっ!やればでんじゃねえかとっと座れ!」


気の弱そうな社員はべそをかきそうになりながら、また静かに席に座った。


「この会社がここまでやってこれたのは、次にくる日本のブームを予見して、そいつを商品へと反映させて来たからだ!それなのに今のお前らと来たら、やれ最先端だの新技術だの顧客のニーズを忘れて好き放題やって、挙句の果てには物が売れないのは営業部の責任だぁ?なめてんじゃねぇぞ!」


営業部長が机に拳を叩きつけると、開発部の一同はビクッと体を震わせた。


「社長命令で俺がこの部署の指揮をとることになったからな!今後はビシバシ行くから覚悟しておけ!!」


部長はそう言い切ると、少しは溜飲が下がったのか、落ち着きを取り戻した。


「おい。そこのお前」


気の弱そうな社員が、再び部長の槍玉に挙げられる。


「お前、次になんのブームが日本にやってくるか分かるか?」


「ブ、ブームですか?」


「そうだ!今、日本にはどえらい波がやってきている。それが何かわかるかと聞いているんだ?」


「わ、わかりません・・・」


「なら教えてやる!今年来るブーム。それは空前絶後の懐古ブームだ!」


「か、懐古ブーム?古い物を懐かしむと書くあれですよね?」


「その通り!」


その質問を待ってましたとばかりに、営業部長は隣に置いてあった大きな箱状の物体からベールを引き剥がした。


「こいつは何を隠そう21世紀に実際に使用されていた洗濯機だ!」


「え?洗濯機?これがですか?」


今の洗濯機とあまりにも違いすぎる形状に社員の一人が驚嘆の声を上げる。


「そうだ。無骨なフォルムに必要最低限の機能。これが21世紀の美しさだ」


会議室からはどよめきが起こる。


「驚くのはまだ早い!この洗濯機の機能を教えてやる!まず一つ目にはもちろん洗濯機能だ!これがなけりゃもはや洗濯機ではないからな。そして、もう一つは乾燥機能だ!繊維質の服に熱を加えながら回転を与える非常に古典的なやり方だがな・・・」


「ほ、ほかには・・・」


突然話を止めた部長に社員が尋ねる。


「無い!」


「え・・・?無い?」


「そう!無い!」


「ぶ、部長、流石に冗談が過ぎますよ。少なくとも壊れた時の自動修復機能は付いているでしょう?」


「無い!壊れたら壊れたままだ!」


「そ、それなら。持ち運びの用の圧縮機能はありますよね?」


「無い!この大きさを自力で運ぶのだ!」


一同はあまりの衝撃に黙りこくり、一つの結論に至る。


「そ、そんなもの売れるわけが・・・」


「いや!売れる!間違いなく売れる!」


部長は力強く断言した。


「そこなんだよ、そこ。そこがお前たちのダメなところなんだ・・・。最先端の技術と顧客のニーズ、これが結びついていたのは10年前までの話だ。今、顧客が求めてることはそんなことじゃ無い!今、求めてること。それは、めんどくさいことなんだよ!」


部長はそのまま力説を続ける。


「わかるか?今の時代は寝てようが起きてようが飯が勝手に作られて、好きな時に好きなことができるようになった。確かにそれは幸せなことだ。でもな、幸福ってもんは不幸があるからこそ成り立つんだよ!幸福しかない世界ってのはそれは幸福ではなく当たり前になっちまうんだ!だから、今奴らが求めていること。それは幸福になるための不幸!それが懐古主義!人類を幸福へと誘う最後の砦なんだよ!」


「最後の砦・・・」


開発部の社員に光が射し、思わず声が漏れた。


「そうだ!だから、これから俺たちが開発する商品は壊れていいんだ!間違えていいんだ!いや、むしろ壊れなきゃならん!間違なきゃならないんだ!」


部長の壮絶なプレゼンは社員の心をノックした。


「・・・売れる。これは絶対売れるぞ!」


「やるぞ!俺はやる!」


社員一同は口々にやる気を述べるが、話の腰を折るような一言も・・・


「でも、部長。機械である我々に間違いを犯すプログラムなんて作れるんですか?」


残念ながら視線が一斉に集まる中、部長はスリープモードへと移行した。

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