第14話 絶叫


《それは……そうかも知れない。だが──》


 俺は一度おろした視線を、ぐっとまたマリアに戻した。


《あんたは、これ以上手を汚すな。『マリア』たちが新たに生まれ変わるためにも、もうこれ以上、罪を犯さないでもらいたい》

《……大きなお世話ですわ》


 言った途端、先ほどよりもさらに巨大な魔撃がマリアの光球から突進してきた。が、俺が身構えるより早く、それは両脇から飛んできたいくつもの魔撃によって粉砕された。


「下がれどアホ! おめえが前でてどうすんだッ!」


 飛んできた怒声はガイアのものだ。見れば、騎獣に乗った赤パーティーの面々と、もと緑パーティーの面々が、俺の周りをあっという間に取り囲んでいた。


「ヒュウガ様、いけません! たとえあなた様でも、あの者にお一人だけでは……!」


 フレイヤも炎熱の魔撃を放ちながら叫んでいる。


《何人集まられても同じですわ。どうぞヒュウガ様、ご遠慮なく向かっていらっしゃいな。そうして、あなた様を慕ってくださる皆さまを、ご自分の道連れになさいませ!》


 言葉と同時に、再び大量のマリアの魔撃が俺たちの上に降り注いできた。しばらくは、どうにか俺たちの<魔力障壁シールド>で防げた。だが、やはり太刀打ちするのは難しかった。やがてシールドが薄皮を剥がされるようにしてめりめりと強度を弱めていき、遂にあちこちに穴が開きはじめた。


「ぐっ……! うあああ!」

「あっ……アルフォンソ様っ……!」


 悲鳴の上がったほうを見れば、今まさにアルフォンソとユーリが騎獣プリンから落下していくところだった。プリンの背では、少年テオが鞍にかじりつきながら片手をのばし、「いやだ、アルフォンソ様あっ!」と絶叫している。

 が、二人はどうにか地面すれすれのところで<空中浮遊レビテーション>を使い、惨事を切り抜けることができた。それを確認したテオが、「あああ」と安堵したように鞍に崩れ落ちる。プリンがすぐに降下して、二人の救援に向かった。


《よそ見をしている場合ですか?》


 上空からそんな声が掛かると同時に、また凄まじい魔撃が雨あられと降ってくる。防御人数が減って弱くなった部分をめがけて、ここぞとばかりに狙い撃ちされているのは明らかだった。

 あらゆる属性魔法が轟音をあげてぶつかり合い、空気を焦がし、大量の水蒸気を放出する。きな臭いプラズマの臭いと共に、視界が再び、一気に遮られた。

 だが、今の俺は魔王だ。目が見えずとも、魔力の存在は感知できる。

 マリアから放出された巨大な魔撃が、またこちらに襲い掛かってくるのがはっきりとわかったのは、まさにそのお陰だった。


 俺は即座に、ギーナと共にここまで続けていた防御魔法の詠唱をやめた。

 そして遂に、腰の<青藍>の鯉口を切った。

 ギーナがすかさず、そこに各種大量の<保護魔法バフ>を乗せてくれる。フレイヤ、サンドラ、アデルの三人も、それに気づいてすぐに同じように魔法の重ね掛けをしてくれた。

 <青藍>の刀身が、きらきらと緑青色に光り輝く。

 俺はそれをぴたりと正眼に構えて、目には見えないマリアを心で見据えた。

 魔撃が真正面から飛来する。目の前のシールドを押しのけ、打ち破ろうと、ぐりぐりと回転しているのがはっきりとわかった。


《ガッシュ!》

《おうよっ!》


 ひと声そう言い、俺は<青藍>を振り上げて、強くガッシュの背を蹴った。魔撃に向かって突進したガッシュの推進力を利用して、より高く跳ねあがる。


「おおおおおおッ──!」


 肉迫してくる魔撃。

 俺はそのまま、<青藍>を振り下ろした。

 ギイン、バリバリと魔撃と魔撃の衝撃波が放散される。炎熱魔法と氷結魔法とが打ち消し合い、大量の火花と水蒸気をまき散らす。電撃魔法が雷鳴のような轟音をたて、稲妻が蛇のように身をくねらせながら<青藍>の刀身に巻き付いてくる。やがてそれが、腕を伝って俺の体全体にも巻き付いた。

 幸い<保護魔法>のためにさほどのダメージはない。だが、それでもまるでちりちりと全身の肌を焼くようだ。魔力を持たない「勇者」であったら、これだけでひと溜まりもなかっただろう。

 さすがにすさまじい圧力だ。渦巻くマリアの魔撃の圧力で、少しでも気を抜けばこちらがり潰されそうだった。

 背後から、ガッシュとギーナが魔撃を放って援護してくれる。さらに脇からフレイヤやサンドラも加わってくれているが、俺の刀身は次第にじわじわと押され始めた。


「く……!」


 やはり、歯が立たんか。

 俺はぎりりと奥歯を噛みしめた。

 と、背後と両脇からぱりぱりと細かい光弾が発射されたのが見えた。魔族軍とヴァルーシャ軍の魔導師や魔術師たちが、再び援護射撃を始めたのだ。それは数千、数万という数で、次々にマリアを包むシールドに直撃した。

 直撃した場所に次々と円形の振動環が広がり、マリアのシールドが七色に染まった。 

 全体が、まばゆいばかりに発光する。耳をつんざく衝撃音で、じいんと頭が痺れるようだ。


「あっははは! あーっはははは……!」


 下方から微かに響いてくるのは、キリアカイの狂ったような哄笑だった。


「死んでしまえ! 滅んでしまえ……! 散り散りになって、消えてしまうがいい! ユウジン様の仇め。ハオランの仇めえええっ……!」


 そちらを見る余裕などはなかったが、俺にははっきりわかった。

 それは確かに哄笑ではあったけれども、一人の女が滅茶苦茶に魔撃を放ちつつ、ただただ大声で泣き叫ぶ声にほかならなかった。


「返して……! 返してえええッ! ユウジン様を、ハオランをおおっ……!」


 と、俺を今にも凌駕しようとしていた巨大な魔撃がふっと消えた。

 不意に霧散した魔撃の向こうで、マリアが気味の悪い目をしてじっと下方を見つめている。

 それが誰を見つめているかを悟って、俺は即座に振り向いた。


「いかん! 逃げろっ、キリアカイ……!!」


 が、遅かった。

 呆然と上を見上げたままのキリアカイと彼女の騎獣に向かって、巨大な魔撃が俺たちの横をすり抜け、容赦なく突っ込んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る