第12話 父ドラゴン 母ドラゴン
《……小さき仔よ。そなたの弁、道理である》
マリアは相変わらず、冷ややかな澄んだ瞳で上空を見上げている。
《人の子の
《左様にございましょう? でしたら
と、にこりと微笑んだ女の周りを、急にゆらりと
《ではありますが。それはまこと、癒せぬものにございましょうや》
それは先ほどのものとはまた違う、より柔らかな思念だった。
この感じは、俺にも覚えがある。
そうだ。魔王マノンとあの魔王城で対峙した時、遠くから響いたあの声だった。
《ママ……!》
少し離れたところを飛んでいたリールーが、嬉しそうに翼をばたつかせる。どうやら上空には、伝説のドラゴンと、その奥方であるリールーの母ドラゴンがともにいるのであるらしい。
《ちいさな仔。再び生まれることを恐れるあまり、この世界に閉じこもることを選んでしまった、哀れな仔……。ですが、無理もないことです》
《…………》
マリアはわずかに唇を噛んだように見えた。
不思議なことに、父ドラゴンに対するよりも、彼女は母ドラゴンの方に、よりナイーブな反応を見せている。
《けれど、我が子リールーが信を置いたその方ならば。……そう、思うことはなりませぬか》
《どういう意味でしょう。わたくしには分かりかねます》
マリアの視線が、自然にするりと俺の方に注がれてきた。俺は呆然とそれを見返す。マリア同様、母ドラゴンの言葉の意図が飲み込めないのだ。
《あなたたち、小さき仔を癒すことがお出来になるとしたら……。それは、そちらの現魔王様しかおられませぬでしょう。お隣に、すでに素敵な方もおられるようにございますし》
「えっ……?」
ギーナがびっくりしたように体を
俺とギーナはお互いに、目を瞬いて見つめ合う。
「どっ……どど、どういう意味だよ──」
じわじわと赤く染まっていく自分の耳を隠すように、ギーナが両手で髪を押さえた。
《今を逃せば、その機会はまた長らく失われることになりましょう。いずれにしても、そちらの魔王様に残された時間は多くない。……それでよいのですか。小さき仔よ》
《それは……大きなお世話というものですわ》
マリアは空を睨みつけながら、押し殺すように言った。
《わたくしが、ヒュウガ様のもとへですって……? よくもそんな、とんでもないご提案をひねり出されたものですわね》
《いや、待ってくれ。話がまったく見えないんだが──》
と、途端に横合いからブーイングが来た。
「え、ヒュウガっち、わかんにゃいの?」
「もうっ。ヒュウガ様ったら……!」
「さすがにこれは、オレでも分かったぜ? お前、朴念仁も大概にしとけよ~? 日向」
なんなんだ、次々と。
ライラとレティは頬を赤らめて憤慨しているが、真野に至っては完全に呆れ顔だ。レティは不満げに長いしっぽをゆらゆら振っているし、ライラは戸惑ったように眉を
俺は困って、半ば助けを求めるように、遠くのフリーダやゾルカンたちの顔を見まわした。だが、何故かみんな憮然としたり呆れたり、かなり微妙な顔でこちらを見返しているばかりだ。
「……すまん。本気で分からん。ちゃんと説明してくれないか」
そう言ったら、みんなが「だああ」とばかりに一斉に肩を落とした。
「あー。ちょっといいか」
何故かそこで、これまで沈黙していたガイアが太い腕を上げた。
「別にそれ、あっちの世界でなくてもいいか? あと、確認なんだが、そん時ゃあ、今のマリアとしての記憶は全部消えるってことでいいんだよなあ?」
《
父ドラゴンの
途端にガイアがにやっと笑った。
「そりゃあいい。だったら、俺んとこでもいいぜー? 大歓迎だ」
《それは、まことに重畳です》
空からゆるりと微笑むような気が降りて来た。母ドラゴンだ。
俺はガイアに向き直り、そのにやにや顔を少し睨んだ。
「だから、どういう意味なんだ。ちゃんと俺にもわかるように──」
「にぶーい魔王陛下のことなんざ、知るかっつーの。そこの色っぺえ姉ちゃんにでも訊きゃあいいだろ。夜、二人っきりの時にでもな。とにかく、俺のとこなら何人でもいいぜ? ミサキも『絶対欲しい』って言ってるしよ」
「おい──」
「んで、デュカ。お前のとこもいいんじゃね? そろそろ、そういうことも考えてんだろ? 閣下とよお」
「えっ……」
デュカリスが驚いて目を上げた。まさか自分に矛先が向くとは、微塵も思っていなかったらしい。
(こいつ──)
俺は渋い顔になる。
ガイアめ。もはや完全に無視か、この野郎。
デュカリスはデュカリスで、面食らった顔でちょっと頬など掻いている。
「いや、その……。そういうことはまず、閣下のご意思を尊重せねば──」
「なっ……ななな……」
そこまできょとんとしていたフリーダがここへ来て、いきなりぼわっと顔を茹であがらせた。
「こっここ、こんな所で、いきなり何を言い出すんだっ! 無礼者めがッ!」
完全に怒り心頭である。
赤パーティーの男性陣やヴァルーシャ軍の将兵たちが、銘々「ぶくくく」と笑いをかみ殺しているのが、あちこちで散見された。
《……ことほど左様に》
と、ゆらりとやってきた愉快げな思念は、父ドラゴンのものだった。それはさも、穏やかで
《世にはなにも、新たな命を
《…………》
《あなたがまこと、人としての生を生き直そうと思うなら。わたくしたちは、大いに後押しをいたしましょう。それは約束いたしましょうほどに》
こちらの思念は母ドラゴン。
《然り。短慮に子を儲けるような愚昧の者どものもとへではなく、心より新たな命を望んで身ごもる者のもとへ。己が
が、その時だった。
突然、鋭い声がそれを遮った。
《お待ちください!》
キリアカイだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます