第9話 霊廟


《聞こえますかしら、キリアカイ様。ギーナですわ》


 ギーナが<念話>によって扉の内側へ語り掛ける間、フェイロンがその場の皆に会話が聞こえるようにと念話の仲介を行ってくれている。そのため、この場の会話はみなに聞こえる形になっている。

 ギーナが何度か語り掛けても、すぐに返事はなかった。


《あたしみたいな下賤な女とお話したくないってことなら、すぐに他の者に代わりますわ。……だれか、ご希望の者がありますかしら。義弟君おとうとぎみのほうがよろしくて?》


 ギーナの思念はごく落ち着いている。

 皆はじっと、その会話の先を待った。

 暗い穴倉の中で、ひたすら沈黙が続く。なんとなく、それは永遠にも思われた。こんな地獄の底のような場所に閉じこもり、女帝はいったい何を思っているのだろう。

 やがて、相当な時間が経過してからやっと、掠れたような思念が応えた。


《うるさいのよ。……もう、あたくしを放っておいて》

《そういうわけには行かないよ》


 ギーナがちらりと俺を見て答える。


《こんな所に閉じこもって、一体どうなさるおつもりなの? いつまでもそこにいたってしょうがないでしょう。いくらあたしたち魔術師だって、食べる物もなきゃあ飲むものもないんじゃあ、大して長くは生きられないんですから》

《だから、放っておいてって言ってるでしょう!》


 キリアカイの思念がまた棘を持ち、扉がビリビリと振動した。


《だれも、入ってこないで。入ってきたら全員殺すわ。誰であろうと容赦しない。全部燃やして、あたくしも死んでやる……!》

《…………》

《だから、ここは……ここにだけは、誰も……誰も!》


 ギーナはしばし、沈黙した。

 俺たちはみな、固唾を飲んで話の成り行きをうかがっている。


《そうではないかとは思っておりましたけれど。……こちらは、あなた様の大切な御方の、ご霊廟れいびょうなのではありません?》


(え……)


 俺たちは驚いてギーナを見つめた。

 霊廟。

 つまり、墓所ということか。

 キリアカイにとって大切な者の墓ということならつまり、ここに眠っているのは彼女の夫だったユウジンか、あるいはその子供か──。

 同様のことを考えたのだろう、フェイロンの顔色がさっと変わっている。当然だろう。ユウジンは、彼の実の兄なのだから。

 フェイロンは少しギーナに歩み寄り、何事かを囁いた。どうやら「会話を替わってもらえないか」ということらしい。ギーナが軽く頷いて一歩下がった。


《……義姉上。ハオユウにございます》

 キリアカイの返事はない。

《もしよろしければ、お教え願えないでしょうか。あの時、貴女様と我が兄との間になにがあったのか。当時、わたくしは図体こそ一人前にはなっておりましたが、中身のほうはほんの子供で……。事態もよく分からぬままに傷を負い、騎獣に救われてこの地を後にしてしまいましたもので──》

《……そんなこと。いまさら話して、なんになるというの。時が巻き戻るわけでもなければ、誰が戻ってくるわけでもないのに》


 キリアカイの声は、さらに尖って弱々しく聞こえた。何もかもに対してなげやりになっているのであろう彼女の心情が、俺にさえ手に取るようにわかる。


《申し訳ありませぬ、義姉上……》

 フェイロンの心の声も、やや沈んだようだった。

《あの時、自分がもっと大人であれば……。兄上と義姉上のことも、仲に立ってうまく解決できたかもしれませぬものを。この百何十年というもの、わたくしはずっとその責めを心に負って生きて参りました。……事態を把握しようにも、戻ろうにも……その後、こちらの国はほとんど他国との交流を閉ざしておいででしたし──》


 恐らく、そればかりではないだろう。

 キリアカイをそそのかした家臣たちがユウジンの弟の存命を知ってしまえば、彼とて命が危なかったのに違いないのだ。

 幸いにしてと言うべきか、基本的に互いに不可侵を貫く四天王同士は、ほとんど一堂に会することがない。たびたびすげ替わる新魔王への拝謁も、日を変えて個々におこなうだけである。そのために、別々の四天王領にいることになったこの義姉と義弟が顔を合わせる機会は、まったくなかったのだろうと思われる。


《斯様な長い年月を、ただただ遠くで生きながらえて、あなた様の動向を耳にし、眺めるしかできずに参りましたこと……どうか、平にご容赦を願いたい》


 そこからまた、長い沈黙があった。

 しかし、これが心をつないでの<念話>であるためなのか、キリアカイの心の揺れがわずかにこちらに伝わってくるような気がした。

 キリアカイは、揺れている。


《義姉上さま。……お訊ねしても?》

《…………》

《こちらに埋葬されているのは、兄上でしょうか。……それとも御子、ハオラン様にございましょうか》

《……!》


 途端、キリアカイの感情がうわっと爆発して、千々に乱れたような感覚があった。


《ハオ……ラン……。ユウジン、さま……》


 あとはただただ、嗚咽が続いた。

 俺たちは扉の前に立ち尽くし、じっとそれを聞いていた。

 フェイロンもしばらくは、彼にしては非常に珍しく、悲痛な面持ちになって黙りこくっていたが、やがてやっと、その思念を絞り出した。


《どうか、義姉上。私に教えてくださいませ。……あの日、あの時、この城に何が起こったのか──》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る