第8話 宝物庫


 俺たちは「ここに残る」と言ったガッシュと、見張りのための魔導師や兵らを数名置いて、破砕された扉をくぐり、さらにその先へ進んだ。

 岩壁に囲まれた通路をしばらく行くと、奥になにかきらきらと目を引く輝きが見え始めた。


「うお。さすがにすげえな」

「うわっ、きれい……!」

 ゾルカンが言い、ライラが思わず声をあげてきょろきょろする。レティも同様だ。

「うわ、めっちゃめちゃあるけど、これって全部、きんにゃ……? どんだけあるんにゃー??」

「金もだけど、宝石もすごい量ね。それに、なんて見事な細工……!」


 その通りだった。

 進むにつれて、そこにはこれまでキリアカイが長年かけて集めまくったのであろう、大量の財宝がいっぱいになり始めたのだ。

 通路は幅広になり、やがて大広間に匹敵するような広さになる。

 シャオトゥや他の魔導師、武人たちがぽかんと口をあけ、十メートルはあろうかと思われる天井まで積みあがっている宝物の群れを呆然と眺めた。

 皆には一応、「不用意に触れると何があるか分からないため、財宝には触らないように」と注意して先へ進む。触れた途端に変な魔法に掛かったり、入り口が閉じてしまったりというのは、昔話には非常によくあるパターンだからだ。


「うっわあ……。噂には聞いてたけど、おばちゃんてばほんと、溜めに溜めこんでやがったんだなあ……」

「真野。どうでもいいが、妙齢の女性にそういう呼び方をするのはやめて差し上げろ。要らんところで気分を害されると、余計な反発を招くぞ」


 俺はつい、呆れて口を挟んだ。

 真野はニタアといやな笑みを浮かべて俺を見上げた。これがあの、純真そのもののマルコの顔でされるのだから、なんだか腹のあたりがむずむずする。


「ふーん。ヒュウガはあんなヒステリーのおばちゃんにも優しいんだねえ。女にもてるのは結構だけどさあ。そんな、おばさんキラーにまでなって、どうしようっての? 超ムダじゃね?」

「そんなつもりはない。単純に、人としての礼儀の問題だろう」

「はいはいはい。ほんっと、リョーちゃんが言った通りだなあ、お前……」

 真野が辟易したようにひらひらと手を振った。

「『リョーちゃん』……?」

 まさか、と思いつつ、つい訊き返す。

「だーから。お前の弟の良介君。ほかに誰がいるんだよ。あれから結構、オレの所に見舞いに来てくれるんだよね。もうお友達。まあ、も同じだし?」


(推し……?)


「お前の愚痴も、さんざん聞かされてんぜ~。ほんっと、世話焼きでうるせえ兄貴だったみたいだな、お前」


 思考が理解不能な単語にひっかかって、変な顔になった時だった。広間のような石窟はふたたび幅がせばまっていき、足元が階段にかわって、さらに地下へとおりていくようだ。

 俺たちは一列になり、魔術の使える者は手元に<灯火イルミネイト>の明かりを作り出してさらに進んだ。

 三十分ほども歩いたころだろうか。先頭を歩いていたゾルカンが、「お」と声をあげて足を止めた。遂に行き止まりになったらしい。階段の途切れた先に、やや広い空間があり、岩壁に扉がひとつあるのが見えた。

 

 それは先ほどの大扉と比べると、はるかに小さな扉だった。大人の男がやっとひとり入れるほどの大きさだ。周囲に財宝などは置かれていないが、表面にはまわりの空気を凍らすような氷結魔法が施されているのが明らかだった。

 そうでなくとも北方の空気はまだまだ冷たいというのに、扉の周りには氷が発する冷気が立ち込めて、ぞっとするほどに冷えている。


 扉の装飾は先ほどの大扉よりもずっと凝ったものだった。細かな彫りがほどこされ、金箔や宝玉に彩られている。他の財宝は毒々しいデザインのものも多かったが、ここだけは比較的おとなしく、また品のあるしつらえに見えた。


「……どうやら、中に居るな」

 その奥の気を探っていたらしいゾルカンが低く言った。

「魔撃で打ち破りますか」

 言ってフェイロンがすぐに扉に向かって手をかざしたが、「ダメだ!」というギーナの叫びが遮った。

 それは、意外なほど強い口調だった。


「……それは絶対、やっちゃダメだ」

 俺たちはふと顔を見合わせ、続く彼女の言葉を待った。

「みんな、ちょっと待っておくれ。……先にもう一度だけ、あたしに話をさせてくれないかい」


 進み出たギーナが、まっすぐに俺を見て言った。

 その目は真摯なものである。

 彼女が言うのは、もちろん<念話>による話だろう。

 俺は一同を見回した。ゾルカンとヒエンが剣を手にしたまま身を引き、頷いて前を空けてくれる。フェイロンやギガンテ、そのほかの皆も同様に頷いた。

 俺はあらためてギーナを見た。


「……わかった。任せる。よろしく頼む、ギーナ」

「あいよ」


 薄く笑って、ギーナは扉に向き直った。


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