第7話 光弾


 扉は、なかなか開かなかった。

 俺とフェイロン、ゾルカン配下のうち、ここまでついてきた魔導師は十数名。彼らとギーナとで声を合わせて呪文を唱え続けたが、優に十分ほどかかっても、扉に掛けられた強力な魔法はびくともしなかったのだ。


「みんな、待ってくれ。いったん止まろう」


 俺が言うと、皆は一斉に詠唱をやめた。

 ここでみんなの魔力を消費しすぎるのはまずい。ここは敵地だ。連れて来た部隊の人数は限られているのだし、ここでキリアカイだけでなく、彼女を裏切ったらしいもと臣下たちに攻められないという保証もない。

 俺は頭の中の回線を開いた。


《ガッシュ。ちょっと頼めるか》

《んー? なんだよ》


 ガッシュの思念が、さも退屈そうに返事をする。続く俺の頼みを聞いて、その色が見る見る──とはいえ、目に見えるのとは違うけれども──きらきらと輝きだしたように思われた。


《わーかった。んじゃ、ちょっとみんなに物陰に隠れとくように言っとけよー》

《了解した》


 皆が言われた通りにあちこちの岩棚の下などに身を隠すと、はるか上方でガガーンというすさまじい音が湧きおこった。少しあって、今度はばらばらと城の建材らしいものが砂ぼこりとともに落ちてくる。ガッシュがどこかをぶち破ったらしい。

 もうもうと湧きたつ砂ぼこりが薄まったところで目を開けると、すでにガッシュは大扉の前に、でんと鎮座していた。

 なんとなく、得意げな顔である。黒い翼をゆらゆら揺らし、太い首をゆるりとかしげてこちらを見ている。


《しょーがねえなあ、ニンゲンは。このくらいの扉、とっととぶち破っちまえっつうのよー。いいか、見てなよー?》

《ああ。よろしく頼む》


 俺の答えを聞くが早いか、ガッシュは扉に向き直り、少し口を開けると、コオオオオオ、と喉で不思議な音をたてはじめた。その腹が、見るみる青白い光を宿していく。周囲の気を集め、内部で凝縮しているのだろう。

 やがてその光がぐうっと首から喉を伝わって移動するのが分かった。


《みんな、目を守っとけ。そのまま見るとやられるぜー。使える奴は、魔法でシールドしとけよー》


 俺がガッシュの言葉を皆に伝え、それぞれしっかり目を閉じたり、目を保護する魔法を掛けたりしたのを確認してから、ガッシュは遂にその光の玉を放出した。

 キュバババ、と轟音が鳴り響く。

 黒い稲妻をまとったガッシュの光球は、青白いものや紫の閃光をまといつかせながらまっすぐに扉に向かった。先ほどの数倍もの轟音が場を占めた。

 びりびり、バチバチと凄まじい音がして、空気と鉄の焦げる臭いが周囲にたちこめた。岩棚の下では、ライラとレティ、シャオトゥとマルコが身を寄せ合い、その前にギガンテとヒエン、フェイロンとギーナや魔導師らが立ちはだかって守ってくれている。

 俺はそちらを横目で確認しつつ、ガッシュに訊いた。


《加勢は要るか》

《んなもん要るかよ。手ぇ出すんじゃねーぞ、ヒュウガ》


 けろっとした声でそう返事がある。

 むしろここで下手に手伝ったりすれば、この若いドラゴンの機嫌を損ねるであろうことは明白だった。

 やがて、遂にその扉が全体にぎしぎしと唸りをたて始め、岩壁との境目に金色の閃光が走って、ばちばちとプラズマを発した。

 やがてごとり、と最後に音がして、急に周囲が静かになる。


《ん。こんくらいでいいだろ。あとは物理攻撃ですぐぶち破れんぜー》

《わかった。手数を掛けたな、ガッシュ》

《へへん。いいってことよ!》


 ガッシュの思念はさも得意げだ。ドラゴンとしての金の瞳をちょっと細めて、なんとなくにやりと笑ったような顔をする。


《さすがはいにしえのドラゴンの末裔だ。助かった。ありがとう》

《バーカ。かしこまってんじゃねーよ。さっさと行きな》


 俺は岩棚の下に避難している皆のほうに顔を向けた。

「解除、成功しました」

「左様ですか。なるほど、黒きドラゴンはさすがなものですね」

 フェイロンが長い黒髪をさらりと払って言った。先ほどの攻撃で相当に魔力を消費したはずだが、顔色ひとつ変えていない。

「おう。んじゃ、あとは任せな」

 応えて言ったゾルカンが、幅広の大剣を抜き放つ。隣に立っていたヒエンも「では、自分も」とひと言いって、同様に自分の得物を抜いた。

 すると、周囲の魔導師たちがすかさず二人の得物に<攻撃魔法>を重ねがけした。二人の手にした剣のやいばが、虹色に輝き始める。


「いくぜ、ヒエン!」

「は」


 次の瞬間、二人はダンッと地を蹴った。

 二人同時に、扉の中央部に向けて渾身の一撃を放つ。


「らああああッ!!」


 ただ二振ふたふりの剣で起こしたものとはとても思えないような轟音。そして地響き。さらにビキビキと大扉に亀裂が走ると、パッと一瞬、その亀裂から光が放たれた。

 次にはもうガラガラと、大扉が見る影もなく粉砕されていく。

 二人とも、凄まじい剣圧だ。事前に打ち合わせをするでもなく、一糸乱れぬ攻撃技が放てるのはさすがである。

 ただ、俺をはじめとしてほとんどの者が驚嘆して見つめている中、ギーナとフェイロンだけは何となく白けた顔だった。

 特にギーナは「まったく男ってのは。ほんっと、派手好きでバカなんだから」というセリフが、そのまま書いてあるような顔である。

 まあ確かに、周囲の魔導師たちが魔撃によって粉砕することは十分可能なわけだから、これは武人のための見せ場をわざわざ作ってやったようにも見えなくはない。


 ともかくも。

 俺たちは「ここに残る」と言ったガッシュと、見張りのための魔導師や兵らを数名置いて、破砕された扉をくぐり、さらにその先へ進んだ。


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