第5話 対峙


《お待ちくださいませ、魔王陛下……!》


 あの女の不快な声が、脳に直接、ぎりりとやいばを立てるように突き刺さってきた。

 言うまでもない。キリアカイだ。

 財欲の四天王は、先ほどのオイハン大佐らとはまた違うドラゴン部隊を引き連れて、わざわざここまでお出ましになったようだった。かの男は、その後この女からどんな風に遇されたのだろう。それを想像すると、他人事ひとごととはいえ暗澹たる気分になった。

 が、それでも思念には現さず、俺は努めて淡々と応じた。


《これは、キリアカイ殿。わざわざのお運び、傷み入ります。なにかございましたでしょうか》

《どうもこうも、ありませんことよ! 魔王陛下……!》


 そう言ううちにも、女の部隊はあっというまに目の前まで迫ってくる。恐らくは彼女直属の近衛隊を中心とした部隊なのだろう。使っているドラゴンといいその装備といい、先ほどの部隊とはくらべものにならない煌びやかさだ。ざっと見たところ、こちらとほぼ同じ、騎獣百頭ほどからなる部隊だった。

 

《あたくしの大切な領民たちを、いかがなさるおつもりなのです? オイハンが何かもごもごと申しておりましたが、とても承服はいたしかねますわ。みな、あたくしの愛する領民たちでございます。即刻、こちら側へお返しくださいましな、陛下》


 キリアカイの思念は彼女の相貌のイメージそのままの、ぎらぎらと粘着質な毒々しい気を放散している。

 俺はうんざりしつつも静かに返した。


《それについては、先ほどオイハン大佐殿にご説明さしあげた。なんとおっしゃられようと、我が領民たちはこの場で引き取らせて頂く》

《んまッ! 『我が領民』ですって? んまッ……!》


 すでに数百メートルの距離まで迫って来たドラゴンの背に、派手な化粧をし、四天王としての鎧姿になった女が鎮座している。その鎧といい鞍といい、金銀と宝石にいろどられた、それは派手な代物しろものである。

 女の騎獣は彼女に非常に似つかわしく、いやにけばけばしい七色の鱗をもつドラゴンだった。体全体が宝石のように輝いている。

 いま、キリアカイの顔は怒りのあまりに赤黒く変色していた。もとが青い肌のため、奇妙な紫色になっている。


《おふざけも、度が過ぎましてございますわよ? 陛下。斯様なこと、このあたくしが許すとでもお思いなのですか》

《申し訳ないが、あなた様の許しなどは無用です。先ほどオイハン殿に説明申し上げた通りです。領民の扱いについては、このほど魔族国法が改正されましたもので》

《笑止っ!》


 キリアカイは自分の思念をつるぎに変えて、容赦なくこちらに投げつけてよこした。まさに思念の舌鋒ぜっぽうそのものだった。

 が、途端に隣から凄まじい気が放散された。


《笑止とは何事かッ!》


 ヒエンだった。凄まじい怒気で相手を圧している。

《いかな四天王キリアカイ閣下と申せども、その言いざまは不敬極まりなし。こちらは畏れ多くも、我らが魔王陛下にあらせられる。陛下がひとたびお立てになった法について、四天王が四の五の申す筋合いはないと心得る。そちらの申し条こそ、笑止千万ではありませぬか》

《んなっ……、何を言うのよ! おだまりッ、この、ゾルカンの腰巾着めが!》

 一瞬だけひるんだものの、女も負けてはいなかった。

《お前こそ、誰に向かってものを言っているのです! あたくしは四天王よ? ゾルカンの臣下風情にあれこれ物申される筋などありますかッ! それ以上言ってごらん、その臭い舌を引っこ抜き、体じゅうの獣の皮を剥いでやるからね!》


 その顔はもはや、完全に般若のものだった。

 普段は穏やかなヒエンのグリーンの目が、一度だけぎらりと殺気を帯びて燃え立った。だが、彼は以降、口を閉ざした。その顔は「こんな女の相手はうんざりだ」と言わぬばかりだった。

 俺はちらりと下を見た。キリアカイの出現で驚き恐れ、どよめいていた群衆は、こちら側の武官らになだめられ「気にせず進め、急げ」と促されて、また少しずつ前進を始めている。

 先ほどまで俺の背後にいたギガンテはすでに騎獣を降下させて、レティやライラも一緒になって民衆を落ち着かせ、導く手伝いをしてくれていた。


「落ち着いて! 前の人を押し倒さないように気を付けてくださいね。小さな子たちはなるべく抱いてあげてください!」

「大丈夫にゃ! ヒュウガっち……じゃなくて、魔王ヘイカがちゃ~んと守ってくれるにゃからねっ! 安心して進むのにゃ~!」


 そんな声が下方から聞こえてくる。

 彼らのためにも、こちらはできるだけ時間を稼いでやる必要があった。

 が、先ほどから待っている報せは届いていない。

 俺は再び、なるべく静かな声で女に向かって語りかけた。


《キリアカイ殿。どうかお静まりを。……ではお訊ね申しますが、貴女さまは改正された『魔族国法』には従えぬと、そう仰せなのですか》

《そうは申しておりませんわ。ですが、これではあまりに横暴ではありませんこと? わたくしども四天王に何のご相談もなく、こう勝手に法をあれこれとお変えになったのでは。朝令暮改もいいところ。誰より哀れなのは領民でございましょう? 斯様に混乱し、右往左往いたしましょうほどに。可哀想だとは思し召されませんか?》


 女はしゃべっているうちに、少しずつ激昂がおさまってきたようだ。が、紅い唇をしきりに舐めて、落ち着きなく眼球を動かしている。どうやってこちらを言い負かそうかと、必死に思案しつつしゃべっているのが丸わかりだった。


《確かに、キリアカイ殿にはご相談をいたしませんでしたが。ルーハン卿とゾルカン殿についてはすでに、ご了解をいただいておりますので。あと一名、ルーハン卿の側近で、ただいまは北東領を預かっているフェイロン殿も同様です》


 これまでこちら魔族側の政治では、なにか重大事を決めるときには魔王と四天王との協議が行われるのが普通だったらしい。魔王ひとりが「どうしても」とゴリ押しするようなこともないことはなかったらしいが、基本的には合議制。最終的には多数決となる。


《四名のうち、三名までが『是』とおっしゃって下さった上は、申し訳ありませんがキリアカイ殿のご判断を仰ぐまでもないかと考えたまで。……ご不快の段は平にご容赦を》

《なんですって──》


 女はもともと青い顔をさらに青ざめさせ、唇をわなわなと震わせた。


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