第4話 証人


「なっ……。い、いえ。それは──」


 ダーホアンが急にぐっと言葉につまり、目を白黒させはじめた。

 俺は彼に向かってわずかに膝を進めると、さらに畳み掛けた。


「その女たち、『守護者』として相当に有能な者たちだったとか。彼女たちが抜けたことで、急にその『分限』の守りが手薄になった。……ゆえに、トロルどもが魔力の柵を壊し、逃亡するのを許すことになった……と、自分は聞いているのですが。間違いありませんか」

「む、むむ……いえ、そんな!」

 ダーホアンの顔色は、青くなったり赤くなったりと忙しくなりはじめた。

「とんだ言いがかりでございまする! 左様に愚かなこと、いくらなんでもこのわたくしが致すはずがございませぬ。一体だれが、そんな根も葉もなきことを──。だ、第一、どこにそんな証拠がございますか!」

「証拠……と、おっしゃいますか」


 俺は静かにそう言って、ひょいと、開けた庭園の方に視線を向けた。

 その向こうでは、いつものようにまことに面倒くさそうな顔をして、ガッシュが黒い翼を休めている。今にも欠伸でもしそうな顔だ。


「ダーホアン殿にはご存知なきことかもしれませんが。そこにいる、魔王専用の上級ドラゴン、ガッシュには、人の思念を詳細に察知する能力がございます。実はこの宮にご招待いただいた当初から、かの者がずっとこのおやしきの内部や人々の心をさぐり、その旨を自分に知らせてくれていたのです」

「えっ……」


 ぎょっとなって、ダーホアンがガッシュを見つめた。

 そのこめかみに、ぷつぷつと脂まじりの冷や汗が浮かび始める。


「そもそもドラゴンという生き物は、嘘などつかぬ存在です。強大な能力を秘めたあの者たちは、本来そんなことをする必要性を感じない生き物ですから。そしてわざわざそんなことを命ずるあるじには、もとより心も預けず、交流すら拒否するものだと聞いております。……さらに言えばあのドラゴンが、今ここで自分に嘘の報告をせねばならない理由などなにもない」

「む、う……」

 俺は、ぎょろぎょろと忙しく動き始めたダーホアンの目をまっすぐに見つめたまま言葉を続けた。

「で、どうなのでしょう、ダーホアン殿。あなた様は本当に、トロルどもを囲っていた『分限』を守る警護団から、有能なネクロマンサーの女性方を何人も引き抜いて、身近に置いたりなさったのですか? だとすれば、彼女たちは今どこに?」

「…………」

「ああ。お答えいただかずとも結構です。それについてもあのガッシュが、いま俺に教えてくれておりますので」

 言って、俺は周囲をちょっと見回した。

「……ああ。なるほど。そこに、そのうちの一人がいるようですね」


 視線の先には、今まで華やかな踊りを披露していた踊り子やら女官たちが、いまやしんと静まり返ってその場に膝をついている。

 俺はついと立ち上がると、踊り子の一人に目を留めた。


「そこの……柱の近くの、橙色の衣の方。ちょっと立ってもらえませんか」

「えっ……」


 彼女はぎょっとして目を上げた。その目が驚愕に見開かれている。そこには同時に、どうしようもない恐怖もいっぱいに浮かんでいるようだった。それは明らかに、目の前のあるじ、ダーホアンに対するものだ。

 彼女が何を恐れているのか。

 実はすでに、俺はそのことも知っている。


「あなたのことです。……どうか、お立ちを」


 やや強い声で再度言うと、女性はびくりと身を震わせ、おずおずと立ち上がった。非常に見目の麗しい人である。なるほど、ダーホアンが懸想し、すぐにも自分のねやに引きずりこもうとするだけのことはあった。

 場にいる数十名の人々の視線が、いっせいに彼女に集中する。


「お訊ねしてもよろしいですか? 先日まで、あなたが配属されていたのは?」

「は、……はい。あのう……」


 女性はおずおずとダーホアンの顔色をうかがう様子だ。

 ダーホアンの方はと言えば、不快げに彼女をにらみつけ、一方で俺に対してしらをきるため、精一杯表情を動かすまいと頑張っているのが見え見えだった。彼が腹の底で「してやったり」とばかりに拳を握っているだろうことが、ひくひく動く彼の小鼻からも明らかだった。

 俺はあらためて女性に向き直った。


「どうか、この場の皆にも分かるように、はっきりと事実を教えてください。もしも本当のことを述べることで何か不都合が生じるとお考えならば、そちらについては恐らくすでに解決済みなので。どうかご心配なく」

「えっ……?」


 女性が驚いて目をみはる。

 ダーホアンが「まさか」と言うように、一瞬ぱっと俺の横顔を見たのがわかった。


「すでにガッシュから聞いております。あなたはこのダーホアン殿から、『ほかで余計なことをさえずるようなら、お前の身内がどうなるか』というような、よくある脅しを受けておられたのでは? それでしたら、もはや心配ご無用。……ガッシュ」


 言って俺が目配せをすると、それまでのんびりと庭の中央あたりでうずくまっていたガッシュが、のろのろと場所を移動した。

 彼の後ろから、七名ほどの人影が現れる。

 女性が「あっ」と声をあげた。


「父さま……母さま?」


 そうこうするうち、卓の前に座っていたフェイロンがさりげなく席を立ち、踊り子のそばへ歩み寄っていた。

「さ。お手を」

 彼は女に軽く一礼をして手を取ると、貴公子然とした身のこなしで悠然ときざはしをおりた。そのまま女を連れてガッシュのもとへと歩み寄る。すべてが水の流れのように、見事でなめらかな動きだった。


 その間にギーナも<浮遊レビテーション>を使い、マルコとシャオトゥを連れてするするっと空中を飛んで、ガッシュの方に向かっている。

 彼女たちがガッシュの周りに集まると、フェイロンは瞬く間に自分たちの周囲に魔力による強力なシールドを作り出した。


「さあ、これで安全でしょう。以降はあなた自身とご家族の身柄は、こちら魔王領にて預かりましょう。すでに先ほど、ダーホアン殿からも『気に入った者があれば差し上げる』との言質げんちもいただいていることですし。……そうでしたね? ダーホアン殿」

「なっ……それは」


 ダーホアンがぎょっとなり、俺を見つめてあんぐりと口を開けた。まさか先ほどのお追従ついしょうが、こんなところで利用されるとは思いもしなかったのだろう。

 俺はもうそちらには目もくれず、その女性のほうだけを向いて言った。


「さ。どうか安心して、ご存分に『証言』をなさってください」


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