第5話 糾弾


「さ。どうか安心して、ご存分に『証言』をなさってください」


 半裸のような姿だった女性は、今やフェイロンが掛けてやった彼のマントに身を包んでいる。彼女の父母、兄弟姉妹や祖父母らしき家族たちが、心配そうに彼女に寄り添って立っていた。

 皆、今までになかった強い光をその目に宿して、きっとダーホアンを睨むようにしている。彼らに後押しされるようにして、女性がとうとう、震える声で話しはじめた。


「おっしゃる通りにございます、魔王さま。何もかも、魔王さまのお言葉のとおりだったのでございます……!」

「黙れッ! この女めが! 大恩あるこの私に何を言うかッ……!」

 ダーホアンが真っ赤になってすかさず叫んだが、女性は毅然として、さらに声を張り上げた。

「魔王さま。わたくしは、南側の辺境にございましたトロルとオーガのための『分限』を管理する、警備隊の一員にございました。<ネクロマンサー>部隊の一人として、トロルやオーガが勝手に『分限』の外に迷い出たりしないように守ること。それが仕事にございました」

「黙れ、だまれッ……!」

 ダーホアンがもはや脂ぎった林檎のような顔になり、唾を飛ばして叫び散らかす。

「貴様、分かっているのかッ! これまで貴様とその一族を、ここで安閑と食わせてやった恩を忘れるつもりか!? 余計なことをひと言でもしゃべってみよ、貴様も貴様の家族どもも、八つ裂きではすまぬ目に遭わせてくれるぞッ……!」


 それは、本物の豚の鳴き声でもこれよりはずっと品が良かろうと思うほど、まことに聞き苦しいものだった。

 俺には周囲で固唾を飲んでいる人々のが、今やすうっと冷え、男から離れていくのがはっきりと分かった。それは彼らが長年積み重ねて来たこの男に対する恐れや嫌悪感が、如実にわかるようなものだった。

 俺は片手を上げて、男の無様なを制した。


「お静かに。貴重な証言がよく聞こえません」

「ぐ……ぐぐうっ」

「どうぞ。先を、続けてください」


 ダーホアンのあまりの権幕にひるんで萎縮し、口を閉ざしていた女性は、俺が頷くのを見て再びしゃきっと背筋をのばした。気持ちを奮い立たせたのだろう。


「……はい。そこへ、いつもの視察の一環だということで、ダーホアン閣下がいらしたのです。あの守備隊には、わたくしのほかにも女性の<ネクロマンサー>が数名おりました。いずれも美しい女人たちでした。最初はみんな、こうなることを恐れて身を隠していたのですが、不運にも閣下のお目に留まってしまい……。それからは、みんなあっという間にこちらの宮へと連れてこられてしまいまして──」


 そこで、ふと女性は口ごもった。困ったように視線を彷徨わせ、マントの前をかきあわせて家族たちに身を寄せるようにしている。母親らしい中年の女性が、悲しそうに彼女を抱き寄せるようにした。


「ああ、構わない。そこまででいい。ありがとう」


 俺はそう言って、話を中断してもらった。

 その後、こちらの宮で何があったのかなど明らかだ。この巨大な豚のような男によって、彼女たちは存分に搾取されたのに違いない。それ以上のことをこの衆人環視の中で、被害者である彼女に言わせるのは、むしろ拷問というものだった。

 周囲の何十人という人々は、こそりとも音を立てずに事態のなりゆきを見守っている。

 俺はダーホアンに向き直った。


「詳しいことは、また後ほど聞かせていただくとしましょう。が、ダーホアン殿」

「む……」

「これで、お認めになりますか? あなた様がごく個人的な欲望のみに従って、彼女たちを守備隊から奪い去った。そのために『分限』を守る魔力が損なわれ、トロルやオーガが逃亡するのを許す結果になった、ということを」

「い、いや……とんでもない! わ、私は知らぬ。まったく感知せぬことにございますればっ!」

「……左様ですか」


 俺はひとつ息をつくと、今度は庭にいる兎の形質を持つ少女の方へと目をやった。

 シャオトゥは哀しみと怒りをいっぱいに載せた紅の瞳で、じっとダーホアンを睨み据えたままだ。その瞳にはそのほかに、恨みや諦めそのほかのいろんな感情が、混ざり合い、燃え上がってうねっているようだった。


「先ほど、おっしゃいましたね、ダーホアン殿。あの兎族の少女のこと」

「は……あ?」

「『珍しい種族』とかなんとかと、おっしゃいませんでしたか?」

「…………」

「あの者が、何故そんな『珍しい種族』になってしまったのかをご存知ですか。彼女の村が誰に襲われ、村人がなぜ彼女を残して全滅してしまったのか。あなたはご存知ないとでも?」

 ダーホアンはぐうの音も出ない顔でうつむいている。

「彼女の村は、こちら側の『分限』を抜け出して突然になだれこんできたトロルやオーガの群れにより、むごい仕打ちを受けました。奴らの蹂躙が何を意味するのかを知らぬ者はおりますまい。……彼女は、そのたったひとりの生き残りなのです」


 俺はただ、淡々と言葉を続けた。

 周囲にいる人々の目が、気が、次第しだいに肥え太ったこの四天王に対してどんな感情を結実させていくかが手にとるように感じられた。これもまた、俺に与えられた魔王としての魔力によるものだっただろう。


「彼女が最も憎んでいるのは、この場の誰だとお思いですか? そちらの、ネクロマンサーの女性でしょうか。はたまた、彼女の村に押し入ってきた、獣のようなトロルやオーガどもでしょうか」


 俺はそこで言葉を切って、いまや真っ青な顔にだくだくと脂汗を流している醜い豚のごとき男の顔を見つめた。


「……否、だと自分は思います。あなたはいかがおぼし召されますか。ダーホアン殿」

「しッ……知らぬ! 知らぬ知らぬ知らぬうううッ!」


 突然、ダーホアンが絶叫した。


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