第11話 忘却の術
もはや二人とも、愕然とした目で俺を見ている。
わざわざ背後を見なくても分かった。ギーナの目が今まさに、楽しげにきらきらと輝き始めただろうということが。
ヒエンはその顔を、相当に驚いたものにしているようだ。いや、その獅子顔のためにかなり表情が読み取りにくいので、俺の
が、やがて静かな声で言い始めた。
「陛下のご要請とあらば、無論、否やはございませぬ」
奥底に優しさを秘めた低い声が、朗々と廊下に響く。
「陛下の仰る通りです。魔力の少ない平民たちが、ときに
俺は黙ってうなずいた。まったくの同感だ。
「できることなればより平和に、貧しさゆえに弱き者らが泣くことのない、希望のある国づくりを。わが
そこまで言うと、獅子顔の男はざっと片膝を床につき、俺に向かって深く
「謹んで、お引き受け申し上げます。自分のごとき
「……あ。じ、自分も──」
そこでやっと慌てたように、フェイロンも床に膝をついた。彼の方はまあ、単にこのまま立ち尽くしていたのでは格好がつかないと思ったからかも知れなかったが。
「自分ごときに、いかほどの能力があるとも思いませぬが。陛下のご要請とあらば、自分とて是非もなきことです。シャオトゥ殿のお心の快癒に向け、ご協力を惜しむものではございませぬ」
「臣下」二人が口々にそう言い、頭を下げるのを感じながら、俺もしばらく頭を下げたままでいた。
そうしてやっと、この国を支えていくための足掛かりのひとつ、光のようなものを見つけたような気持ちがしていた。
◇
「陛下。実は試してみたき術がございまして」
「術? それは、シャオトゥに関することか」
「はい」
フェイロンが突然そう言いだしたのは、それから数日後のことだった。
俺の執務室。人払いをし、部屋にいるのは、俺のほかにはギーナだけだった。ヒエンはマルコのそばにいるはずである。
シャオトゥは、ピックルやマルコと交流することでまた少し落ち着きを見せるようになったものの、それでも今のところ大きな変化はないという話だった。
ちなみにフェイロンは、今では普通に臣下として俺に仕えるようになっている。それまで俺は彼に対して敬語を使っていたのだったが、「どうか以降は、ヒエン殿と同様に遇してくださいますように」と、なぜか自分から願い出てきたからだ。
彼の真意のほどはよくわからなかった。だが、「どうしてもお願い致します」と聞かないため、以降はそうするようになったのだ。
「あなたが『術』と言うからには、魔術なのだろうけれども。それは一体どのような?」
「は。それなのでございますが」
フェイロンの言は、大体こういうことだった。
黒魔術の中には、人の記憶を操作することのできるものがある。もちろんランクの高い術者にしか扱えない魔法だし、様々な制約もあって、なかなか実際に他人にほどこす機会は無いものだそうだ。
理由は明快である。
人は、その記憶によって自分の
たとえば今俺が、これまでの記憶のすべてをすっぽりと抜き取られて、目の前のフェイロンの記憶を移植されたら。もって生まれた容姿や性格そのものは違っているから、フェイロンに生き写しとは言えないまでも、それはもはや「日向継道だ」とは言えない人間になってしまうことだろう。
こちら魔族の国では、俺がもといた世界よりもはるかに人権意識が薄いように思われる。が、そうではあってもそれが人の尊厳を損なう行為だというぐらいの認識はあるらしいのだ。これにはちょっと、ほっとした。
「……で、でございます」
ひとしきりそんな説明をしたうえで、フェイロンは一度、俺の反応をじっと観察するような目をしてから続けた。
「もしも陛下のお許しがございますなら、わたくしがあの方に<
「なんだって……?」
「もちろん、何もかもということではございませぬ。例の事件にまつわること……つまり、ご本人やご家族、友人がたが襲われたり殺されたりした時間帯の記憶を部分的に消すだけでも、お心の治癒に大いに資するのではないかと──」
「なるほど……」
俺は思わず考え込んだ。
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