第二章 帝都へ
第1話 出立
結論から言えば、ライラの家族はこの「珍客」を大いに歓迎してくれた。
「いらっしゃいまし、勇者さま……!」
「このような汚い所へお越しいただき、まことにお恥ずかしい限りです」
「わざわざのお越し、大変嬉しゅうございます」
もっとも初めのうちこそ、彼らも困ったように中途半端な笑みを浮かべて俺を迎えてくれたのだった。しかし、そんなのはこの異常な事態を考えれば当然のことだったろう。娘にいきなり「今日から勇者様の奴隷になりました」「一緒に旅に出ます」などと言われて、困惑しない親などいないからだ。
しかしやがて、本当に嬉しそうなライラの様子と俺のことをじっと観察するうち、彼らの表情は次第に本当の笑みに変わっていったようにも見えた。
それから以降は、ライラの父親も母親も、祖母も祖父も、さらにたくさんいる弟や妹たちまでが、「勇者様、勇者様」とまさに下にも置かぬ扱いで俺を盛大にもてなしてくれた。
食卓は、決して裕福ではない中から様々な食材を使ってくれたことが一目瞭然だった。まさに、こちらの家庭の心尽くし。
子供たちは「うわあ、ごちそうだ! すごい!」などとてんでに歓声をあげてそれらの料理にかぶりついていたけれども、並んでいるのは田舎風の豆や野菜を煮たシチューやら、硬くてぱさついた雑穀パンにチーズといった程度だった。
これでもこの田舎にあっては、十分な「ごちそう」ということになるのだろう。俺はふと、胸の奥に痛みを覚えた。
「大変なおもてなしを、まことにありがとうございます。……いただきます」
つい、日本式に目の前で手を合わせてそう言ったら、周囲の皆は不思議そうな顔をして俺を見つめた。ただライラだけは、なにやら妙に嬉しそうに、ずっとにこにこしっぱなしで俺を見ていた。
にぎやかだった夕食の席から小さな子供たちが寝床へやられたあと、俺たちはあらためて話し合った。
ライラ
ということで俺は早速、最も気になっていたこと、つまりかれらの大事な娘を危険な旅に連れて行くことについて、本当に構わないのかと訊いてみた。
「もちろんにございます。それが勇者様のお力になるのでしたら」
ライラの父はあっさりとそう言うと、あとは微笑んで頷いてくれた。
さすがに母親は少し心配そうな目をして大事な娘を抱き寄せるようにしていたのだったが、それでもこの世界の
「なにぶん田舎育ちで躾も行き届いておりませず、お恥ずかしいばかりなのでございますが……。どうかこの子をよろしくお願いいたします、勇者様……」と。
あまりのことで、俺も正直驚いた。
しかし、ぼんやりしているわけには行かない。俺はその母親よりもさらに深く、皆に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。いきなり現れた自分のような者のために、大切なお嬢さんをお貸し頂き、感謝の言葉もありません。お言葉に甘えるようですが、お預かりさせていただきます」
こちらの文化でこうした礼が意味をなすかどうかは分からなかったが、ともかくも日本人である俺としては、これ以外に誠意を示す方法が思い浮かばなかったのだ。
「勇者様! そのような!」
「も、もったいないことにございます……!」
ライラの両親と祖父母は慌てて、俺に頭を上げるようにと懇願してきた。が、俺はそのままで言い募った。
「とはいえ、俺の目標は飽くまでも魔王を倒すことです。それには危険な戦闘が伴うのは当然です。お嬢さんには、決して戦闘に巻き込まれることのないよう、十分留意するつもりでおります。こんな若造が『必ず守る』などと豪語するわけには参りませんが、それでも誠心誠意、お守りさせていただきますので」
「そっ、そそ、そのような……!」
「もったいない! どうかお手を、お手をおあげになって……!」
ライラの父が口をぱくぱく、目を白黒させている。他の家族も同様だった。祖父母などはもう、ほとんど卒倒しそうな雰囲気だ。
いや、大事な娘を預かろうというのだから、これぐらいのことは当然だろうに。
俺が変な顔になっていたら、いつのまにか横に来て座っていたライラがにっこりと、「ほらね?」とでも言うようにして微笑んでいた。
◇
「では、行ってまいります。お父さん、お母さん」
「うん、うん。気を付けて行くんだよ」
「うん。おじいちゃん、おばあちゃんも、体に気を付けて待っててね」
翌朝。
大荷物を背負い、旅装束になったライラが元気よく手を振って、俺たちは彼女の家をあとにした。大荷物の中身はと言うと、当面の食材やら鍋、着替えそのほかが満杯に入っているのだそうだ。後ろから見ていると、その大荷物に足が生えているようにしか見えない。
いくらなんでも申し訳ないので「俺が持つから」と申し出たのだが、ものすごい勢いで「いけません! これはあたしの仕事ですから。手を出さないでくださいませ」と強く断られてしまった。
そのまま約束どおりに教会へ一旦戻り、マリアと合流して出発する。
ライラとは対照的に、マリアはほとんど荷物らしい荷物を持っていなかった。昨日と同じ修道服を着た上に、旅用のマントを羽織っただけである。あとはごく小さな肩掛け鞄を持っているだけだ。
女性というのはちょっとそこへ出かけるだけでも大荷物になる生き物だと思っていたが、マリアはそうではないらしい。確かに「清貧」とは言うけれども、それは行き過ぎではないのだろうか。
「不思議そうですね、ヒュウガ様」
「あ、いや──」
「ここまで手ぶらで旅に出るのが、不思議そうでいらっしゃいます」
「……はい。正直、そう思っておりました」
仕方がないので素直に認めると、マリアは「うふふ」と笑ってこちらを見上げた。
「大丈夫です。お忘れですか? わたくしは<
「え?」
つまり、こうだ。
立ち寄った先々で、マリアはそこにいる重病人や怪我人を治すことで謝礼をもらう。それをそのまま、
と言うか、ほとんど底をつくことはない。なぜなら病人や怪我人というのは、どこの町にもいるものだからだ。むしろこちらが仕事をするつもりがなくても、向こうから必死にヒーラーを探してやってくるという場合がほとんどなのだと言う。
(なるほど……)
確かに、それは筋が通っている。むしろ俺のような「問答無用で何もかも差し出せ」と言う傍若無人な勇者などよりは余程まともだ。
そこで俺はふと、とあることを思いついた。
「シスター。それなら……」
それで一応、彼女にお伺いを立ててみたのだ。
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