第10話
エンデレは気が付いたら生物の胃袋の中だった。
「あっつ! なんだここ!」
痛いを通り越した熱さと熱気と狭苦しさと粘り気の中で、エンデレはじたばたと動いた。すると胃の中が蠕動し、エンデレは徐々に上へ上へと押し出されていった。
エンデレはドラゴンの口の中から盛大に吐きだされた。
纏わりつく液体のせいで溶けそうになりながら、エンデレはじたばたと地面を転がり這いつくばって土に体をこすりつけて、すぐに立ち上がった。
「キャアアアアア!?」
いきなりドラゴンの口から人間の男が吐きだされる光景を見て、鎧を着込んだ女性が悲鳴を上げていた。片手には抜いた剣を構えていて、今まさにドラゴンと闘うべく対峙していたであろう様子だった。
エンデレは女性を見て、状況の把握をしようと後ろを振り返り、ドラゴンの様子を見て一瞬で危機的状況を把握した。
ドラゴンは気持ち悪そうにえづいて、目の前の獲物のことなど二の次の様子だった。
エンデレはすぐにドラゴンに背を向けて走りだし、構わず目の前の女を通り越した。
「え、ちょっ、お前」
エンデレはとにかく全速力で走った。山を下りる方向へ、木々が生い茂る場所に向かっていった。
女はドラゴンとエンデレを何度も交互に見て、結局エンデレを追いかけた。
「ま、待て!」
女はすぐにエンデレに追いついた。エンデレは女を一瞥して、すぐに左手の甲を確認した。針はまだ右上を指示していた。
女は走りながらエンデレに詰めかけた。
「なんでドラゴンの口から? もしかして食べられてたのか?」
「……まあ」
「嘘だろ? 生きてるはずないだろ? 丸のみ?」
「……静かにしてくれ。折角逃げてもドラゴンに居場所が知られるだろ」
「お前こそ体液臭くて目立つからな」
「……」
山の中腹辺りで二人は足を止めた。エンデレは軽く肩で息をしながら、ドラゴンの気配を念入りに窺った。
「大丈夫だ。追ってきている気配はない」
少しも疲れていなさそうな女は、抜いていた剣を腰の鞘に戻して、一息ついた。
「……とりあえず、座るか」
「……そうだな」
適当なところに腰をかけて、二人は黙り込んだ。二人とも相手の出方を窺っていた。
女性は黒い長髪の、すらりとした長身だった。しかし、得体のしれない凄みを感じる。
女性は、まっすぐ切れ味の鋭い目つきで、エンデレを見ていた。
「……自己紹介がまだだったな。私の名前はアリーゼだ」
「アリーゼ? ふーん……」
「うん……」
「……」
「……」
エンデレは、左手の甲を相手に見せないよう注意しながら、左手を上げて、ちらちらと針を確認した。方向は左だった。
そうやってエンデレが急に左手を上げたので、アリーゼは警戒して剣に手をかけた。油断なくエンデレを鋭い目つきで刺した。
「……なんだ?」
「いや、なんでも……俺の名前は、エン……エンリギというんだ」
「……変な名前」
「ははは……」
エンデレは精一杯愛想笑いを浮かべた。速く針が回らないかとちらちら手の甲を確認していた。
それをアリーゼが怪訝そうに見た。
「……手の甲に、なにか? 光っているのか?」
「いや、何でもない」
さっと手の甲を後ろ手に隠した。アリーゼは凄く疑わしげにエンデレを見た。
エンデレは何とか誤魔化そうと、適当に質問をした。
「そ、それはそうと、どうしてあそこに?」
「私のセリフなんだが」
「ドラゴン討伐でもしにきたのか? なんて」
アリーゼはじっとエンデレを睨んでいたが、やがて溜息をついて睨むのをやめた。
「……そうだな。腕試しに来たんだ。ここらへんで最近ドラゴンが出没するって聞いたから、わざわざここまで来た」
「本当にドラゴン単独討伐? しかも腕試しに?」
「……」
アリーゼは口を閉ざした。エンデレは、なんだこの脳筋はと思いつつ、頬を掻いている内に、ある質問が思い浮かんだ。
「……今って、いつの時代だ?」
「はあ?」
「いや、日を知りたくて……」
「……」
アリーゼは地底人と会話しているような目付きをした。
「……実はお前は古代人で、ドラゴンの腹の中でずっと保存されてましたって?」
「ははは、まあ、そんな感じで……」
アリーゼは眉間にしわを寄せていた。エンデレはとにかく笑い続けて誤魔化そうとした。
アリーゼはまた溜息をつきながら、現在の年月日をエンデレに教えた。
エンデレがエルを助けるために転移する、およそ6年後であった。
「……時間と空間を移動しているのか……」
エンデレは思わず素に帰って、愕然としながら思った事をそのまま呟いた。
その呟きの意味をアリーゼは理解できなかった。
「空間? 時間? 古代? 本当に古代人なのかお前?」
「いや、古代じゃない。ちょっと前から来たらしいんだけど」
「……意味わかんないが」
「実は、魔鳥に襲われている妹を助けるために過去から来たんだ」
「……わけわからん」
アリーゼは首を振って溜息をついた。
「いや、最終的には現在の妹がいる場所へ移動して魔鳥を追い払いに行きたいんだ」
「だから意味分からんって言ってんだろうが!」
「時間制限はなさそうで良かった……これで、現状を把握できればもっといいんだが」
「何だよお前……」
いきなりエンデレの体から光が放たれた。エンデレはハッとして左手の甲を見ると時計の針が真上を向いていた。
「おお……やっとか。次はエルのところに行けるといいな……」
光がおさまったとき、エンデレの姿は消えていた。
「……」
アリーゼはただ呆然としていた。
「……何だったんだ、一体?」
アリーゼはしばらく考え込んだが、大量のハテナマークが浮かんでくるだけだった。
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