第2話

どの位走ったのか、

引きこもり癖のある瑠衣に体力なんてあるはずもなく、大方2.3分も走っていない。


しかし、初めて入った校舎では迷うのに充分だった。


…ここはどこだろう。

まだ収まりきらない涙を拭いながら、瑠衣は冷静になろうとした。



…これからどうしよう。

「とりあえずもどら…」

戻らないと。そう言いかけたが辞めた。

戻ってどうする?

また同じような好奇の目を向けられるだけではないか。



帰りたい。

普通じゃない私には、家の中の狭い世界がお似合いだ。


瑠衣はまたそんな思いに飲まれしゃがみ込んだ。


いっそこのまま、消えてしまえば。


…私が普通じゃないせいで、

私の気持ちまで暗くなってしまった。


「なんで私…普通じゃないの…」



「お前、普通じゃないの?」


うずくまって嘆いている瑠衣の頭上から、声が聞こえた。


ーー男?


また、バカにされる。

どこにいっても、普通じゃないって。


瑠衣は溜息が出た。


…また、逃げるか。


そう決心し、立ち上がった瑠衣の腕を

話しかけてきたであろう男の腕が掴んだ。


「えっ…」


「俺、悪い事言った?ごめん!」


「いや、あの、離し…」


謝罪しながらも瑠衣の腕は離される事は無かった。


「普通じゃ無いの?」


「…はい。」


「普通って、なに」


返ってくると思わなかった返答に瑠衣は顔を上げた。

癖がかった髪の毛。目が、少し青みがあって…ハーフ?


瑠衣は綺麗なその目を見て

少し息を飲んだ。


「ねえ。普通って…何なの?」


もう、言うしかないか…

瑠衣は諦めがちに声を出した。


「…私には、アビリティが無いんです。」


また、沈黙が流れた。

さっきのこともあり、瑠衣はもうこの沈黙がトラウマだった。



30秒ほど経っただろうか。

次の返答が怖い。


相手が口を開き、

咄嗟に瑠衣は目を瞑った。


「え!?終わり!?」


また、返ってくると思っていなかった返答。


「いや、終わり…じゃないですか?普通。」


相手が溜息をついた。

自分にとっては呼吸も同然の溜息が、

相手から聞こえるとなると恐怖でしか無かった。


「あのさぁ、お前の"普通"ってなんなの。」



「へ?」

この人は予想を全て裏切る返答しか返さないのか?

瑠衣は疑問だった。


「さっきから"普通""普通"って…。お前の"普通の定義はなんだ!」


「…普通っ…の、定義…は…」

ここから、何かがつっかえて出てこようとしなかった。


「自分で自分を諦めてるんじゃないのか?」


…瑠衣は言い返す事が出来なかった。


"普通"という言葉で、どうせ自分なんか

と自閉していた。


そう気付かされた気がした。


「…じゃあ、お前から見て俺は普通なのか?」



「…分からない…」


全てをアビリティで見ていた自分が、恥ずかしかった。


「俺…ハーフなんだよ。父親は日本人で…母親はわからない。どこのハーフなんだろうな。…こんな俺を、皆は普通じゃないって言うんだ。」


瑠衣と同じだった。

瑠衣はアビリティが無いだけで、

周りから毎日そう言われていた。


「でもさ、皆、違うじゃん。同じ人間で、同じ勉強をしても、気持ちとか、話し方も全部違う。…普通なんかで、一括りになんか出来ないよ。」


この人は、周りを受け入れた上で自分の事も受け入れている。

…なんて大きいんだろう。


瑠衣は、初めて人に圧倒された。


「あの。」


瑠衣は意を決して話しかけた。


「え?…あ!ごめん!俺めっちゃ話し込んでたよな!」


「いえ…あの、驚きました。私、あなたの言う通りずっと普通で逃げてました。

だから…こんな卑屈になったのかも知れなくて…」


瑠衣は改めて自分を見直した。


この人のおかげで、自分が少し軽くなった気すらした。


「…そっか。でもさ、それを自分で気付けるのは凄い事だと思うよ。初対面なのに話し込んでごめんな!」


「いえ。ありがとうございます。

…私、もう少し頑張ってみます。」


背筋が少し伸びた気がして、瑠衣は今までずっと俯いていた事に気付いた。


「…よくわかんないけど…頑張って!

…名前、聞いてもいい?」



瑠衣はさっきより大きめの声で名乗った。



「佐伯…佐伯瑠衣です!」




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明日の私 @Mocha-Mocha

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