06

 私が知っている漫画やドラマでは、「年齢差なんて関係ない!」なんてセリフが出てくる。同年代の女の子は結構知っている、いわゆる名台詞ってヤツなんだと思う。


 だけど、実際にそれが描かれている作品には出会ったことが無かった。言うだけ言って、結局、結ばれなかったりする。少女マンガの年齢差なんて、せいぜい先輩やそこらだし、その対象が先生だったとしても、たいていは若くて、二十代だった。


 私が抱いている感情は、恋とは言えないのかも知れない。

 世間様から言えば、とても歪なものなのかも知れない。


 私が今、手を繋いでいる人は、姉の夫で。

 そして、親子ほども歳が離れていた。


「これからもお父さんと仲良くするんだよ」


 テキ屋のおじちゃんは、きっと親切心でそう言っているんだろうと思った。私と涼介さんの間には、なんとも言えない緊張感のようなものが流れているのに、この人は気が付かないのだ。周りはうるさいし、夏の熱量で目が眩んでいるのかも知れない。だから私は無駄な感情は切り離して、その善意とりんご飴だけ受け取っておくことにした。


「うん。おじちゃんも娘さんと仲良くね」

「ありがとよ! ま、それができれば苦労しねぇや」


 自分でもどうしてそんな顔ができるのだろうと、不思議になるのほどの笑顔で手を振って、その場を離れた。


「あのおじちゃん、娘さんいくつくらいなんだろうね。結構歳とってるように見えたけど。それで仲よかったら、すごいことだよね」


 私はりんご飴をぺろっと舐めた。人の言葉を気にしていたら、それは負けを認めたような気がして、嫌だった。


「そうだな」


 涼介さんはこっちを見ない。大人は困ると、目を背けるものなのかも知れない。私は意地でもこの右手を離さないようにしようと思った。


「食べる? おいしいよ」


 こっちを向いてほしかった。私が舐めたりんご飴を、涼介さんの目の前に掲げた。それはかなりあざとかったかも知れない。どちらかと言えば私が苦手な、ぶりっこな女子たちがやりそうな手口だった。私は少しでも大人になるために、その技を惜しげなく使った。実際こっちを振り向いてくれたから、効果は間違いなかった。


「どう?」

「うーん。りんご飴の味だな」

「そりゃそうだよ」


 私は笑った。多分、彼も笑ってくれた。


 境内のお祭りに目新しいものがあるかと言えば、そんなことは無かった。大人たちは何かに縛られているのか、毎年同じことを繰り返すことに、命をかけているような節さえあった。幼少の頃から通っていれば、どこにどんなお店があるのかもわかるし、もっと言えばどこの焼きそば屋さんが一番おいしいかも知っていた。だけどそれを涼介さんに伝えたりはしなかった。私達はただ人並みに合わせて進んで、買う気もないのに「あれがおいしそう」だとか、「あれにはこんな思い出がある」だとか、まるで話題を引き出すために見て回ってるかのようだった。それでも私は楽しかった。


「ズル休みって言ってたけどさ、いつまでなの? 有給、だっけ。大丈夫なの」


 だから私は、楽しい時間が終わりを迎えてしまうことを恐れるあまり、その話題を口にしてしまった。


「そりゃあまずいさ。まぁ、今はそんなにやばくないけど。でも、明日には帰らないとな」

「明日」


 そしてその話題は、やはり私に現実を突きつけてきた。


「次はいつくるの?」

「うーん、そうだなー」


 その答えの間に、嫌な予感がした。その予感は背中からせり上がってきて、悪寒となって襲ってきた。体がこわばるのがわかった。


「お母さん、会いたがっていたよ」


 私は認識していた。私が会いたいだけだと。

 もう、認めざるを得なかった。

 私は、恋をしているのだ。


「そういえば、私、都会ってほとんど行ったことないんだよね」


 親子ほども離れた、年上の男性に。

 私の姉の、旦那さまに。


「涼介さんに案内してもらおうっかな」


 私の恋心はとっくに打ち上がっていた。

 それに気が付かないようにと、夜空を見上げなかっただけなのだ。


「玲依」


 涼介さんは急に立ち止まってこっちに振り向いた。腕がひかれた反動もあって、私はその胸板に鼻をぶつけてしまった。見上げれば、大好きな彼の顔がすぐ近くにあった。私の恋の花火玉はひゅるひゅると音を立てて、夜空に飛び立っていった。


「アメリカに行くんだ」


 そしてその瞬間、弾けたのだ。

 それはとても、綺麗だったはずなのだ。

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