第2話 実際の展開はこんなものかも

 死体を漁るというのは、やはり戦争を知らない人間である僕には苦しい作業となった。何度も吐いたのは言うまでもないだろう。それでも自分が生き残るためには仕方がないと割り切ろうとした。何度も「こうしないと僕が死んでしまう」と自分に言い聞かせて。


《……ごめんなさい》


 申し訳なさそうにするピース。僕は気にしないで言って剥ぎ取った服を洗う。

 その後ろには墓地が複数個建っているのは僕らが死人を埋めた墓だ。


「ところで、ずっと気になってたんだけど彼らの首に付いているアレって、もしかして奴隷の?」

《はい。おそらく母が襲った馬車は奴隷商のものでしょう。あなたに装備しておけと言った指輪は奴隷を従わせる《奴隷商の証》です。これによって生きた奴隷があなたを襲うことを回避することもできますし、死亡していたとはいえ所有権はユウヤ様に移ったはずですよ》


 ステータスを確認すると、スキル欄の所に「特殊スキル:奴隷使役」と言うものが確かに増えている。死体処理を体感すると、奴隷を使役しようとする心が薄れてきた。異世界に行ったら奴隷とキャッハウフフしたいなって思っていたけど、ここまでナイーブになるなんてね。


「不要な恨みは買いたくないし、どうせならそのまま故郷に帰ってもらいたいね」\p]0O*¥《そうですね。無用な争いはこちらも避けた――》


 急だった。体が遺物に入られた気がしたかと思うと僕がいた場所の範囲が変わっていた。そして、


「矢?」

《攻撃です。すみませんが少々身体をお借りします!》


 そう言ってピースは僕の身体を使って敵が撃ってきた場所を推定、背中から翼を生やして低空飛行をした。


「―――墜ちろ!!」

「上だ!」


 黒い矢が雨霰のごとく降り注ぐ。ピースはすぐに左に移動して木を避けつつ弓使いに向かって風の刃を腕を薙いで放った。

 いた場所から跳んで別の木に飛び移る敵。しかしピースは先読みして飛び移る予定と思われる木々を切断した。


「くっ!?」

「僕の言う事を聞け、奴隷使役、発動!」


 着地するタイミングでスキルを発動させる。敵は逃げようとしたけど僕は間髪を入れずに命令した。


「ひれ伏せ!!」


 すると敵は僕の言うことに従って片膝をついて頭を下げた。


《お見事です、ユウヤ様》

「ピースのおかげだよ。……顔を上げて」


 無理矢理な感じで敵は僕の言うことを従って顔を上げる。どうやら彼女も奴隷だったようで首輪が付けられている。


「何故僕を襲ったの?」

「……貴様を殺せば、この首輪が外れると思ったからだ。現に一度外れたがまたこのような枷が付いた!」

「…………」


 僕は「奴隷商の証」の力を使って目の前の奴隷のステータスを見る。そして本気で見るんじゃなかったと後悔した。


「もう私にどうすることもできない。煮るやり焼くなりすればいい! どうせ貴様ら人間は我々ダークエルフなど性を発散させる対象としか見ていないのだからな!!」

「……………ちょっと良いかな?」

「何だ!?」

「君以外の奴隷がどこにいるか教えてくれる?」


 警戒心を露わにする女性。僕は躊躇いなく「奴隷商の証」を使って言うことを聞かせた。

 まぁ、当然だけど良い顔はしない。今も僕に殺気を向けているのが何よりの証拠だろう。


(もしかして、僕が他の奴隷を使って酷いことをすると思われている……だろうね)


 たぶん、この世界じゃ奴隷売買は日常茶飯事。だからこそ売られる商品は諦めていない者は抵抗するのだろう。

 しばらくするとダークエルフの様子は慌しくなり先を急ぐ。僕らもそれに付いて行くと既に人間たちがいた。


「貴様が仲間を呼んだのか……!?」


 まだ居場所は知られたくないらしく小声で話すダークエルフ。僕は首を振って周囲を観察する。

 人間が6人くらい。獰猛な犬がいる。たぶん犬が首輪の匂いを追ったんだろう。


(あの人間たちの能力がどんなものかがわかれば攻められるのに……)


 あくまでも推測だけど、このダークエルフはかなり強い戦士だと思う。

 だけど捕まったということは何らかの異常があったことだろう。でも、捕まったという事はもしかしたら奴隷商関係者が上だった可能性もある。少なくとも当時の状況か本人らの能力を把握することが必要だ。もしくは―――このダークエルフの実力に賭けるか。


(……正直、あまり賭け事はしたくないんだけどな……)


 とはいえ、この状況を切り抜ける方法はいくつかある。問題は―――ダークエルフが了承してくれるかということだ。内容が内容だから今この場で切り殺される可能性はあるけど、僕は彼女に提案した。


「ねぇ」

「…何だ」

「僕専用の奴隷になってほしい」






 ■■■






 奴隷商が捜索隊を派遣したのは、予定時刻になっても届くはずの商品が届かったからだ。ルートを聞くと、その一部が最近出没する怪鳥が現れるエリアと一致したこともあり、できる限り商品を回収するための舞台を派遣したのである。当然、仕入れ者にしてみればただで手に入るのでリターンは大きい。

 その隊の中には急な取引にも対応できるように売人が入っているが、今のところ怪しい動きはないように思えたのだが、とある反応が近くにあったことが気になった。


(……おかしい)


 売人が持つ指輪は節約のために売人用の奴隷商の証を回収を目的としたレーダー機能がある。それがまるでこちらの様子を伺うような位置にいるのだ。しかも、さっきまで少し動いていた。


(まさか持ち主が生きているのか? ならば何故こちらの通信に応えない?)


 その時だった。

 捜索隊のいる場所に何かが現れる。犬たちが吠えて知らせると1人が切られて倒れた。


「誰だテメェ!!」

「待て、こいつは―――」


 現れたダークエルフの存在を売人は知っていた。

 捕まえられたのはたまたまだった。自分よりも明らかに強いそのダークエルフ。だがその女は彼女の身体に刻まれているはずの奴隷紋によってこちらの制御下にあるはずだが、目の前のダークエルフは奴隷商の人間を攻撃した。

 商人は咄嗟に回避する。しかしダークエルフは容赦なく連続で突きを放ち傷を負わせた。


「この野郎!!」

「奴隷風情が、調子に乗るな!」


 剣を抜いた男たちが次々とダークエルフに迫る。その時だった。

 突然ダークエルフの周囲から風が起こり砂塵が起こる。


「目くらましか!?」

「周囲を警戒しろ! どこからか出てくるぞ!!」


 商人たちは警戒する。だがその警戒は取り越し苦労であり、風が消失したが中にいるはずのダークエルフはいなかった。そして他の奴隷たちもである。


「何?」

「一体どこに行った!?」

「とにかく辺りを探せ!」


 その言葉で隊員たちが辺りに散らばって捜索を開始するつもりだった。


 ―――その存在が現れなければ


 突然降り立った怪鳥とも呼べるその存在が彼らの前に現れると同時に1人の命を絶った。


「……な……何だ……お前は……」


 1人、また1人と人が殺されていく。商人はすぐさまその場から離れた。


(何で、ギルドはあんなもんを放置してんだよ?!)


 本来ならば緊急クエストとして怪鳥の討伐が行われる。しかしどういうことか行われることはなく今も野放しにされている。

 しかしそれは当然のことだった。何故ならその鳥は―――






 ■■■






 何とかその場から逃げおおせた僕らはがむしゃらに走っていたこともあり見知らぬ施設へと到着した。案内していたのはピースだ。

 そして驚くことに、ダークエルフのアリスはかなりの距離を走っていたと言うのに息を切らしていない。流石は戦闘民族。


「大丈夫ですか?」


 さっきとは違って僕に対して敬語を使うアリス。と言うのも、彼女は僕専用の奴隷になったからだ。

 相手は奴隷商で少なくとも脱走した奴隷を従わせることはしてくる。そうなるとアリスは無効化されてすぐに捕まるだろう。そこで僕があえて彼女と契約することでその危機を回避。問題は、僕が持っている「奴隷商の証」が異常すぎることだ。

 僕が掴まろうとしていたのはただの馬車だと思っていたけど、どうやらそれ以外にファクターが存在しているみたいだけど、あえてそこは追及すまい。


「大丈夫。それよりも……ここは……」


 神殿……いや、教会だろうか? どこか暖かい感じがする。それに―――


《ここはかつての挑戦者たちの宿であり、また存在した神殿の居住区でもありました。ここを治めていた神がみなしごをよく拾ってきたので孤児院にもなっていたと聞いています》

「……そうなんだ」


 随分と詳しいという印象を持った。

 次に気になったのは、その施設が鳥を神として崇めていた形跡があった。


「……ねぇピース」

《何でしょうか?》

「君たちは―――」


 僕が言った推測。それはドンピシャだった。






 ■■■






 その建物はとても古いものもあって周囲をから不気味がられていた。教会であるにも関わらず、何の整備もされていないことが目にうかがえる。

 そんな施設の中には異常な状態で商人は惨たらしい姿になった男の姿を見せられていた。


「これが欲に目が眩んだ人間の末路だ」


 爪で引き裂かれたものだろう。しかしそれは商人があの場で見たものとは根本的に違うものがあった。


「な、何でこいつは貼り付けにされているんだよ……」

「この者は我々人族の破滅を回避するための生贄になった。この男が君の言う怪鳥の子を殺したのでな。そして、我々人族にこう言った。「テリトリーに入った人間は殺す」と」

「何でそれが公表されていないんだよ!?」

「定期的に供物として捧げているのでな」


 その説明をした男に対して商人は恐怖した。当然だ。その男は神父の装いをしている。


「前魔王が討伐されて以降、人間は信仰心を廃れさせた。勇者が魔王を討伐できたのは何も勇者の存在だけがあったわけではない。当時の勇者には大魔導士、大賢者、最強の聖騎士長が仲間にいた。そして魔王に挑むにあたり、神から数多の加護を授かっている。なのに、なのにだ!! 人々は魔王を討った勇者にのみ絶賛する。おかしいではないか!!」


 近くの机を怒りに任せて殴る神父。その目は少し虚ろになっていた。

 様子がおかしいことに気付いた商人は逃げ出したいと思ったが、今の彼は椅子に縛り付けられ逃げられる状況ではなかった。


「そ、それが一体、あの怪鳥を放置していくのと何の関係があるって言うんだよ!?」

「まず一つ、君の認識は大きく間違えている。あれは「怪鳥」ではなく「神鳥」。つまりは神の使い―――それをあなた方のような愚人どもが勘違いしているだけに過ぎない。実際、この男はあの神鳥が殺さなければ私が今以上に酷く、惨たらしく、惨殺的に殺していたさ!!」


 この世界には、人間と亜人の間では大きな差別意識があった。それ故に人間は亜人が奴隷になっていることも当たり前として捉えている節もあり、それぞれの国には亜人用のエリアが存在する。それ以外にいた場合に奴隷になってもおかしくないという扱いがあった。これは前魔王を討伐したのが人間だという部分が影響していた。

 当然、人間の中には亜人と仲良くなりたいという意思を持つ者もいる。実際、教会は人間と亜人の平等性を訴えてはいるし、分け隔てなく接しているがそれでも足らないのだ。

 そして亜人を商売道具としか見ていない商人は、目の前の神父に肩を叩かれる。


「今後、あなたには愚かなことはしてほしくないですね。ご存知ですか? 教会関係者の中には商売に手を出していることを」

「……何が言いたい」

「なに、あなたには何事もなかったようにいつも通りにしてもらいたいだけですよ。そうすれば、


 言われた意味を瞬時に理解した商人は口を閉ざした。


「あなたの商売、教会側がどのように思っているか言わなくても理解できるでしょう?」

「………わかった。もう何も言わない」

「そう。それで良いのです。今回の事は不幸な事故だったということで」


 商人は頷いた。

 やがて解放された商人はそのまま大人しく家に戻り、家内には先に休むと伝えて文字通り休む。翌朝、まるで何事もなかったかのように振る舞う。それだけで良いとひたすら言い聞かせた。

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