第1話 気が付いたら異世界でした

 一体どこだここは。静流にとって最初に浮かんできたのはそんな疑問だった。

 近くには静流の幼馴染である楓と幸那の藤原姉妹がいる。彼はごく自然に周囲を探りつつ警戒態勢を取る。


(周囲は子どもから主婦っぽい人……普通の会社員もいるな。一体どういうことだ?)


 そこでふと、静流は以前に姉妹と同じ幼馴染である悠夜から借りた1冊の本の導入部分を思い出す。そして自分に渡された冊子を思い出して手に持っているそれを開くと一人の男性が現れた。


「待たせてすまなかった。異界の来訪者たちよ」


 そんな挨拶は無視して静流は冊子の目次を見てページを開く。するとそこにはこう書かれていた。


『異世界転移には主に2つのパターンが存在する。1つは王族もしくはその支配下に置かれている大魔導士による召喚。もしくは森の中で目を覚ますパターンだ。もし王族の支配下に置かれているのならば相手の要求としてくることには警戒し、細心の注意を払え。もし森の中で目を覚ました場合はとにかく食えるものを渡せ』


 幼馴染の思考が理解できないことに恥じるべきか、それともこんなマニュアルを異世界転移が本気であると信じて書き綴った幼馴染を叱るべきかを本気で迷った静流。姉妹も同じ考えで覗き込んで同じことをしていた。


「……そんな」


 小さい声だが、比較的近くにいたため静流はその声を聞き逃さなかった。

 その声の主の女性は男性に耳打ちをすると、男性の顔が青くなっていく。


「……それはおかしい。確かにあれはそういう術式だぞ?」

「ですが現にいません。ここにはその資格を持つ人間がいないのです」


 そうはっきりと告げられた男性は顔を青くし、今にも倒れそうだ。

 見かねたのか静流は声をかけた。


「あの、一体何があったんですか?」

「……すまない。皆に聞きたいことがある。誰かこの中で召喚される間際に合図を聞いていないのにも関わらず会話ができた人間がいるか?」

「落ち着いてください。状況を説明してくれないと余計な混乱が生まれるだけです」


 静流の言葉に男性は「そうだな」と答え現状を説明し始めた。

 静流たちを召喚したのはファウスト国の王である自分の配下の魔術師であること、静流達には特殊な能力が授かっていること、そしてこの世界は魔王軍に人類が絶滅の危機に陥っていること。

 当然だが、そのことに対して異論を唱える者もいた。ふざけるな。今すぐ元の世界に戻せ。そんな声が上がったが王様のある言葉に全員が憤慨した。


「残念ながら、我々に君たちを戻すことはできない」


 怒号が飛び、中には王様に対して殴ろうと飛び掛かる者もいたが衛兵に取り押さえられた。楓も、そして幸那もその言葉に怯え、恐怖する。


「嫌だよ…悠夜に会いたいよ……」


 隣で幸那がそう漏らすと静流は何とも言えなくなった。

 彼は2人の気持ちを理解していた。だからこそ、何故自分がここにいるのだろう、と。こんな冊子を作るほどなのだから、悠夜ならばどうにかできるのではないのかとそう思ってしまうのだ。


(……俺はただ、スポーツができるってだけだ……)


 今いる異世界の知識なんてない。似たような世界観だろうと思われるゲームは小学生で卒業した。こんなことになるならもっとやっておけば良かった。

 静流の内面は時間が経つにつれて後悔に埋まっていく。


「ところで……話が変わるのだが、諸君らの中に召喚される時に奇妙なことは起こらなかったか? 例えば、不思議な音が自分たちには聞こえたがその者には聞こえなかったのにも関わらず、諸君らと会話することができた人間が本来ならこの世界に来ていると思うのだが」

「………それって、おかしいことなんですか?」


 幸那の言葉に王様が頷く。


「以前召喚された者の中では召喚される際に誰も自分を認識してくれなかったと言っている者がほとんどだったという記述がある。今回も術式を変えてはおらぬ故、そのようなことは稀になるのだが……」

「「「………あ」」」


 3人は同時にある人物を思い出す。その人物とは―――静流が今も持つ冊子を作った男の顔だった。






 ■■■






 最初の異変は、静流と楓、そして幸那が変な音がするという事を言った。そしてすぐに3人の下に魔法陣が現れた。だから僕はすぐに前に作った冊子を出した静流に渡したんだけど、考えてみればちゃんと同じ世界に召喚されるか不安だ。

 そして今、僕も不安になっていることがある。


「………ここ、どこだろ?」


 試しに人差し指をフリックしたら変な画面が出たからゲームの中かなと思った「ログアウト」がないから違う。しかも名前がそのまま「ユウヤ=カツラギ」だったからゲームはない。

 となれば異世界召喚されたことになるんじゃないかなぁと少し期待しているけど、冷静になってそれはあり得ない。3人ですら魔法陣は認識していたんだからこの僕が魔法陣という嬉し楽しみな異世界召喚に気付かないわけがない。だからここは異世界じゃない。そう言うことにしたいというのが今の時点での本音です。


(とりあえず落ち着くんだ、僕)


 今するべきことは他でもない、人と出会うか食えるものを探すことだ。本当は釣りとかする前に知識とかほしいけど、それをしている暇はなさそうだ。タイミング良く人が通ることもないと―――


 ―――ガラガララガラガラガララ……


 比較的大きな馬車が近くを通った。

 僕はすぐさまその場所と合流するために走る。あと少しで馬車に捕まることができると言うところで突風が起こった。少し飛んだところで枝に捕まった。でもそれ細いから少し経ったところで枝が幹から離れる。すぐに別の木に掴んで馬車に戻ろうとしたらその馬車が飛んできた。

 慌てて僕は無理矢理体勢を変えて木の陰に隠れた。

 大きな音がする。周りに人が飛んでいくけど残念ながら今の僕にはどうすることもできない。



(とりあえず、ここは突風をやり過ごしてから生存者の確認を―――)


 そう考えているとは現れた。

 怪鳥と言うべきか、とても大きい鳥が翼を広げて威嚇する。


(ちょっと、いくら何でもこれは無茶で―――)


 下に降りて逃げようと思ったけど、自分が考えていたよりも上げられていたらしい。地面との距離は10mはあると思う。

 たぶん骨折する、そして食われて死ぬという未来視をした僕はその選択肢は捨てる。ちなみに「未来視」と言っても本当に未来を見ているわけじゃない。正しくは「未来予想」だろう。

 どうにかしないと、でもどうすればと考えている内に僕に変な浮遊感が襲った。……って、木が切れちゃってる!?

 折れた木が着地する時の状態を予想し、両足を揃えて枝を強く握る。たぶんこれでどうにかなってくれたら個人的には嬉しい。

 と思っていると身体が変な方向から圧を受ける。どうやら怪鳥は木ごと僕を持ち去ろうとしている…かもしれない。と言うかこれは普通にやばい。今の内にイチかバチか落ちないと―――


 そう思った時だった。怪鳥は急に体を回転させた。正しく絶妙のタイミングと言えるだろう。僕が力を緩めた瞬間に身体を回転させたのだから。

 僕は遠心力によって力強く上に向かって飛んだ。


(……これ、もう死んだかも……)


 変なところに急にいて、変なことになって僕は死ぬのか。どうせならちゃんと冒険者登録して、テンプレだけど女の子の奴隷を買ってキャッハウフフな異世界生活を満喫したかった。

 下降が始まった。ジェットコースターなら苦手だけどまだ生存が確定しているからマシだろう。


《―――させません》


 何かがぶつかった気がした。たぶん逃げ遅れた鳥だろう。

 最後に僕は鳥にぶつかるのか。その鳥には悪いけど僕も必死だったんだ……ごめんよ。

 地面にぶつかる瞬間、僕は怖かったので目を瞑った。






 目を覚ましたら、また森だった。三途の川って個人的に灰色とか景色的に死んでいるイメージがあるけど、そうでもないのか。

 ショックなのか、それとも良かったのか……でも考えてみればつまらない人生だった。静流と出会い、常に先に行かれていたこともあって悔しかったことは覚えている。周囲は常に静流に期待を寄せていて、いつしか僕は見られなくなっていた。顧みればつまらない人生だったな。


《あ、目を覚ましたんですね》

「って言うか僕の知っている異世界転移と違い過ぎてもう何が何だかって感じだ。死ぬならせめて好きで好きでたまらない相手に看取ってほしかった」

《いえ、あなたは死んでいないのですが……》


 ……あれ? 夢じゃない? と言うかさっきから聞こえているこの声って何?


《気が付きましたか? 良かったです。あのまま廃人のようにつぶやかれ続けられると思いましたよ》

「………鳥?」

《はい。鳥です》

「!? これって、頭の中に響いて……」

《すみません。私は既に死んだ身。なのでこうして頭に語り掛けることしかできないのです》


 言うなれば「霊鳥」だろうか。流石は異世界。何でもアリだなぁ……って、そんなことあるか!?

 おかしい。僕に霊感はなかったはず。もしかしてここに来て目覚めてしまったのか? 嫌だなぁ。いやでも、アリかな?


《冒険者さん、お願いがあるのですが……》

「お願い?」

《私と共に母を止めて欲しいのです》

「母? もしかしてそれって―――」

《はい。あなたを殺そうとした巨大な鳥が母です。母は私が人間の欲望によって殺されたことで復讐者となり、どのような理由があれテリトリーに入ろうとした者を殺すようになりました》


 人の欲望、か。

 おそらくあの鳥も目の前にいる鳥の霊もかなり特殊な存在だったのだろう。それを持っていることを自慢し、最悪金持ちのコレクターか王族に売れば大儲けできる。そんなところか。


「だとしたら、僕の出る幕はないんじゃないかな? 僕も人間だよ?」

《……本来なら私は、この地に長く留まることはできません。死んだらすぐに天へと向かう必要があります。でも、母をあんな風にしたまま向かいたくない》

「でも、だとしてもどうして僕なの?」


 面倒だとは言う気はない。目の前の霊鳥の気持ちはどういうことか物凄く伝わってくるし、とても悲しくなってくる。でも、何もここで異界に来たばかりでレベル1でスキルなしの僕だと逆に足を引っ張るだろう。


《実は、ここを通ろうとする冒険者に何度か頼んでいるのですが……やはり霊ということもあって誰も私に見向きをしてくれませんでした。あなたが初めてなのです、私の事を認知でき、また私が生きた身体に入ることができたのも!》

「え……? は、入った…?」

《……先ほど、あなたが飛ばされた時に。非常時だと判断しました。すみません》


 頭を下げる霊鳥。僕はそのおかげで助かったものだしあまり気にしないでもらいたい。


「べ、別にいいさ。ちょっと驚いたけど、実際僕は助かったんだしさ」

《……考えてみれば、人間の中にはそういったことを嫌がる者もいます。軽率すぎましたね》

「大丈夫。全然軽率じゃないよ。……ただちょっと空を飛ぶ感覚とかあったらなぁ

思っただけだよ」


 空を飛ぶ相手に武器の素人である僕だけでは心もとない。だからと言って協力してもらうには相手が悪すぎる。

 ここで僕は初めて、自分のステータスとにらめっこした。




名前:ユウヤ=カツラギ Lv.1

職業:なし

HP:10

MP:10

攻撃力:1

防御力:1

魔力:10

回避:5

スキル:―――




 作戦会議とか作戦とか以前の話だった。

 攻撃力1って何? 防御力1って何? そして何で魔力が少し高い?

 もしかして僕は魔法使いとしての才能はあるってこと? 

 いや、今はそうじゃない。ここから考えるのは自分ができることを考えることだ。


(……敵は怪鳥。ならば今からでもレベルを上げるか)


 とは言え、霊鳥がここにいられる時間も限られている。


「ところで、君がここに留まれるのはどれくらいまで?」

《……1週間です》

「僕をことを守ってくれたけど他の人たちは? そして、あの事件からどれくらいの時間が経っている?」

《大体半日ほど。生存者はわかりません。あなたを運ぶのに精いっぱいだったので》


 ……状況は理解した。

 となれば、飛ばされた方を探せばいい。比較的大きかったからきっと良いものが入っているのかもしれない。死体を漁るのは嫌だけど、この状況じゃ仕方ないと思おう。

 今考えた内容をすべて霊鳥に話した。


《わかりました。死体を漁ることはもしかしたら天界で罪に問われるかもしれませんが、きちんと埋葬すれば問題ないかと。それに、もしあなた様が召された時には私が是非援護させていただきます!》


 それはとても心強いと思った。

 ともあれ僕らは、レベル上げをするついでに死体を漁り始めるのだった。………異世界生活初日にして、死体を漁るとは中々過酷な環境だと思った。


 と、ここで僕はあることを思い出した。


「そう言えば君の名前は?」

《……私には名前がありません。名付けられる前に死んだので》

「………ごめん」

《気にしないでください! 私はそういうのは気にしないので!》


 僕のことを案じてか、励まそうと翼をはためかせる霊鳥。一瞬、良い名前が浮かんだけど、勝手に決めては悪いのであらかじめ許可を取っておく。


「じゃあ、僕が名前を付けていいかな?」

《はい!》


 ものすごく期待の眼差しを向けられる。割と安直だけど気に入ってくれるかな?


「じゃあ、君は今日から「ピース」だ」

《…ピース?》

「うん。僕らの世界じゃいくつも言語があってね、その中で僕らが使っている言語で「平和」って意味があるんだ」

《……へいわ。い、良いですね! とてもいいです!!》


 とても喜んでくれたようで羽をバタバタさせた。

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