異界に降り立つ異常な男
reizen
プロローグ どこもかしこも企みだらけ
その世界は大陸を5つに分けられた上で5人の統治者によって治められており、大事の際は一丸となって対処するという方式を取っていた。それはかつて1人の人間が世界を統治しようと企んだが、結果的にはほんの数年で行き届かないことに気付いて自らの命と引き換えに5人の人間に領地を分け与えたからだ。
そのこともあって世界は平和になった。だが今まさにその平和は後の世に生まれた魔王とその配下によって崩壊していた。
5つの国の王たちはすぐに兵たちを選んで討伐隊を編成し、自らも陣を敷いて戦場へ赴いたが―――
「大変です!! あのエリザベート様が戦死なされました!!」
兵の一人からその情報をもたらされ、緊張が走った。
エリザベートという人物は騎士の中でも名の知れた存在だった。度々ある魔物討伐作戦では出撃すれば功績を上げるほどの女騎士だった。しかしその騎士が戦死したという。自国はもちろん、他国の人間すら言葉を失うのは必至だっただろう。
「………やはり、頼るしかないのだろうか」
一人の国王がそう言った。
「だがそれはリスクが大きすぎる。仮にその者たちが魔王を討ったとしても、その後にどんな要求がされるか……」
「しかし彼らが持つであろう特殊なスキルならば魔王を討ってくれるであろう」
「……だがな」
その中で一人の国王が立ち上がる。
その王は他の王とは違って少し若い。とはいえ彼は既に45であり、ちらほらと髪に白髪が生えている。
「私が行いましょう」
「……良いのか?」
各国の王によって選ばれた代表によって問われた王は頷いた。
「他の者が召喚を行うことはリスクを考えれば躊躇うのは当然のこと。ですが、召喚しなければ魔王軍を退ける可能性を捨てる。でしたら、どこかの国がそれを行うべきでしょう」
「……確かに」
「ただ、その代わりに1つお願いがあるのです。もし私の国が彼らによって滅ぼされた場合、避難民の保護をお願いします」
事実上人柱になる国以外の国王が頷く。
しかしこの人柱、実は損をするだけではないのだ。
と言うのも、もし制御下に召喚したものを置くことができれば、が一残らせることができれば最悪その強力な血を国に取り入れることができるのだ。
これはある意味諸刃の剣になるが、賭けに出るのは十分すぎる理由だった。
もしこれが成し得れば、今後の五か国会議でも優位に立つことができる。それを狙った国―――ファウスト国王は内心ほくそ笑んだ。これから起こる災難がどれだけのものか知らずに。
暗がりの中、一人の女性がほくそ笑んでいた。
「人間たちめ、異世界から特異な能力を持つ存在を呼ぶらしい」
「…その阻止をしろと?」
「もし我々が同じ人間ならばな。だが我々は魔族だ。むしろ迎え撃つべきだろうよ」
「しかし、以前はそれで魔王軍は壊滅状態になったのですぞ!?」
「………そう言えばそうだったな」
女性が反省を見せる。だがすぐに思い直したのか自分を説得する秘書に言った。
「ならば罠を仕掛けよう」
「罠ですか?」
「ああ、まず手始めに―――奴らの召喚の邪魔をする」
女性は怪訝な顔をする秘書に語った。
「奴らは特殊な召喚の議を執り行うと聞く。ならばその召喚中に妨害して特異な能力を持つ人間をこちらの操り人形とするのだ。そしてあえてその一団に紛れ込ませ、私と会った時に裏切らせる」
「…それは良い案です。特異な人間たちは驚き、絶望するでしょう」
「そうだろう。そうだろう。我々は無事生き残る。目の前で無様な殺し合いが行われる。正しく一石二鳥ぞ。なに、後からその人間を搾り取り、干乾びた姿を見て我々に逆らうことがどれだけ愚かか知らしめてやろう!!」
高笑いする魔族の女性。その姿を秘書は小さく言った。
「……確か、あなた様はまだ処女―――」
「皆まで言うな!! 後ちゃんと搾りやすい男を選ぶわ!!」
「わかりました。つまり私が召喚儀式の最中にその先に干渉し、姫様好みの美少年を選べばよろしいのですね?」
「概ね正解だ。あと姫様言うな!!」
秘書は「わかりました」と答えて出ていく。去り際にあえて「姫」と呼んだ女性に聞こえるようにはっきりと言った。
「今夜はお赤飯ですね」
「何故そこで人間の風習を用いる!?」
「友好的な人間が言っていましたので。「もし身内におめでたいことがあったらお赤飯を炊いた方が良い」と」
「まずどこにそんな人間がいた!? そして身内におめでたいというのはどういうことだ?!」
「ああ、最近老衰というものでお亡くなりになりましたよ。そして姫様はこれまでそのような事とは一切無縁だったでしょう? それが人間が相手とはいえ姫様は恋愛に興味を持ったのですから祝わないといけません」
そう聞いた姫は頬を引き攣らせた。
「し、しかしだな……」
「それに以前、赤飯を食べたのですがこれがまた美味で―――」
「要は理由にかこつけてお前が食いたいだけだろ!!」
姫は全力で突っ込み、羽を生やした従者は闇に消えた。
■■■
僕にとって、常にニコニコしている女は信用できない存在だ。特にクラス中に良い顔をしている女。あれは恐らく裏で何かを考えているだろう。
内心罵倒をしているとかだろうか。そう、今の僕みたいに。
(……世界なんて、滅んでしまえばいいのに)
そんなことを思うようになったのはいつからだろうか。
昔はまだ純粋で、無垢だった記憶がある。でもいつからか僕は他人を見下し、否定することが多くなった。これもまた、大人になるということかもしれない。
でも、今の僕の関係性を知れば凡人は同じになると確信すらある。
「―――
後ろから声をかけられた。振り返るとそこには幼馴染であり今ではスポーツ界の英雄でもある
「別に良いじゃないか。絵を描くのは僕の自由だろ?」
「……絵がただの風景画だったらな」
そんなもの、わざわざこちらが君に許可を得る必要はないだろうに。
「別に良いじゃないか。萌絵くらい描いたって」
「……あのなぁ」
一体何が問題だというのだろうか?
「静流、君は勘違いしているだろうけどね。世の中には本物の女に対して恐怖心を持つ男や元から二次元が好きな男だっている。それだけじゃない。本物の醜悪さを目の当たりした女だってこういうものは好きなんだ」
「だからと言って語ることか?」
「それにいずれ、趣味で描いても金がもらえるならそれでいいさ」
幸い、投稿した絵はどれも高評価をもらっている。でもそれはあくまで特殊な人たちだけだ。僕は全世界に認めてもらいたいんだ。
「相変わらずドライだなぁ、お前は」
「君みたいに日ごろから女遊びをしているわけじゃないしね。それに何かと都合が良いんだよ。こうやって趣味に没頭できるっていうのは」
面倒なことを忘れられるから。
そう、絵は自由だ。自分が思い描いた世界を映し出すことができる。本職にするのは僕個人ではちょっと無理がある。だって本職にしたら自分が描きたいものを描けないからね。実態はどうあれ、僕個人としてはそんなイメージしかない。
「って待て。俺は女遊びなんてしていないが?!」
「………え?」
「何だその目は」
「てっきり君のことだからもう2、30人は食ったのかと」
そう言うと周りにいた男たちが一斉に立ち上がって投擲した。静流はそれを華麗に回避していく。その姿を見た女子たちは歓喜するけど巻き込まれた僕はため息を吐いた。
「相変わらずね、この学校は」
突然聞こえた声。その声は女の物で僕も聞きなれたものだ。
「久々だね、
「ええ。いつも通りだったわ」
彼女は
でもスポーツで活躍している静流と同じで彼女もまた音楽で活躍している。確か、フルートとバイオリンだっけ?
ここは超高校級の人間を集めているわけじゃないけど、ぶっちゃけこの2人だけは別だ。ただ問題があるとすれば―――
「本当だ! あの藤原様が帰ってきてる!!」
「藤原様ぁ!! こちらを向いてください!!」
「舞崎! テメェ結局何を優先するんだよ! 時間は有限なんだぞ!!」
「俺たちと一緒に全国行こうぜ!」
「いや、行くのは甲子園だ!!」
少なくともこの学校は甲子園も国体も目指していないし、行けるような凄腕はここにはいなかったようだ。もしかしたら中には目指している人たちがいるかもしれないけど、流石にたった一人の人間の加入でそれができるだろうか。現実的には無理だろう。特に甲子園。ま、夢を見るのは人それぞれだけどさ。
「相変わらず、静流は人気ね」
「さりげなく僕を盾に使うの止めてくれない? と言うより君の盾は向こうだよね?」
そう言って静流を指すけど、既に男たちの波に呑まれて身動きが取れない―――あ、抜け出した。
「俺は俺の好きな競技をさせてもらうだけだ」
とイケメン的な事を言った静流はこっちに逃げてきた。
「ひどい目にあった」
「案外、たくさんのことができるっていうのは良いことじゃないみたいだね」
「そりゃそうだろ。俺はただできるからよく引っ張られるだけだ」
「………だったら自重すればいいのに」
「でもやったら楽しいんだぜ? そうだ、悠夜も久々にやってみないか?」
「もういいよ。僕は遠慮する」
静流みたいな運動神経なんて持ち合わせていないからね。
放課後になった。今日からは中間テスト準備期間もあってすべての部活が活動を休止している。そのため僕らは久々に一緒に帰れるわけだ。……まぁ、静流も楓も準備期間だろうが学校を空けることはあるが。
「なんか、こういう喧噪って久々ね」
「君の場合はあまり学校に通わないからだよ」
「……ま、私は別にこの学校そのものには何の未練もないしね」
気持ちはわからなくない。
僕も高校は「必要だから」言っているだけにすぎない。もし異世界というものがあってそんなところに行けたなら、冒険者になって世界中を旅したい。
「お姉ちゃん! 静流さん! 悠夜!」
あ、聞き覚えのある声だ。
と言うのは当然のこと。今の声は楓の1つ下の妹の幸那だ。何故か僕のことは普通に呼んでいる。静流がさん付けなのは「静流さんは何でもできるから」とか言ってた。泣いていい?
なんて事を思い出していると、幸那は僕に抱き着いてくる。本格的に夏だと言うのに暑いことをしないでもらいたい。
「幸那、離れて」
「えー」
流石に熱中症にはなりたくないから。幸那もそれはわかっているのか渋々離れた。
「さて、後は若い者に任せて俺たちは先に行きますかね」
「そうね」
「はいそこ! この状況で僕を置いていかない!!」
さらりと僕を見捨てる算段をした2人にそう言うと真顔で僕を見た静流が言った。
「でもお前ら、俺たちがいない時は大体2人で帰ってるんだろ?」
「まぁ、叔母さんにお願いされてるしね。それに最近は痴漢とか裸族とかが出没してるって話だし」
「……最近は物騒」
「だから悠夜はあたしの護衛なのよ」
「これほど頼りにならない護衛なんていないだろうね」
自分で言ってて恥ずかしい気持ちはあるけど、実際に役に立つかどうかと言われれば僕は首を振る。静流みたいなチートキャラじゃないし、護衛にするなら静流の方が断然良いだろう。
ちなみに僕と楓、幸那の家は隣同士だ。母親同士仲が良いけど父親はあまり仲が良いわけじゃない。以前は親友同士だったんだけど昔に大喧嘩したとかと言う話だ。で、その内容が僕と楓が結婚するとかなんとかって話らしい。当人にすれば心底どうでもいい話だ。
「あたしは悠夜といられればそれで良いのよ」
「そんなものかな?」
「そんなものよ」
幸那なりのフォローだろうか。そう言われれば流石に悪い気はしない。
「正直、最近はコンクール全部辞退したいのよね」
「なんとなく察した」
後ろでチーター2人が何か言っているけどなんだろう。小声で何か言っているから聞こえずらい。
「お姉ちゃん、静流さんも、早く!」
そう言って幸那は2人を呼ぶ。僕らはいつも通りの道。
いつも通りに家に向かって勉強し、昨日描いていた絵を完成させる―――その予定だった。
―――僕は体感20分後、見知らぬ土地で目が覚めた
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