LⅦ    すべてのおわり

「ぼくの、可愛い妹。ずっと一緒にいて……一緒にきてくれるよね?」

 笑いかけるアレスに、ローズは怯えたように一歩あとずさった。

「お、お兄様?」

「ローズ、どうした……何をそんなに怖がっている? いかないで……一緒にいるんだ。一緒に……」

「……何なの、これ。」

 ガーネットも身震いし、己の肩を抱く。その顔に浮かぶのは得体の知れないものを見るような恐怖と、生理的な嫌悪。

「貴方、何を言っているの? イリスに何をしたの……ローズに何をしようとしているの!? 一緒にって……そんな事許されるわけがない、そんな事も分からないの!?」

 彼女の叫びもアレスには届いていなかった。彼は真っ直ぐにローズだけを見ている。

「父上がいなくなるからいけないんだよ。その所為で、イリスがぼくの前からいなくなった。母上もいなくなった。だから、ぼくは……。でも、イリスが戻って来てくれた! もう離さないよ、イリス。どこにも行かせない。リーは離れて行ってしまったけど……ローズはずっとぼくについてきてくれてた。だからこれからも永遠に一緒にいるんだ。もう誰も、ぼくから離れて行かないでくれ……!」

 それを聞いたローズの足が止まった。逃げたいと怯えた表情、だがその場に釘付けにされたように動けない。

「あたし、あたしは……いやよ!」

 激しい拒絶の言葉に、ふらふらと近付いていたアレスは強い衝撃を受けたように立ち止まる。

「やめて! 来ないで! あたしは死にたくない!」

「……どうして? ずっとぼくを必要としてくれていたじゃないか。ぼくを愛してくれていたじゃないか。ローズ……」

「いや! いやよ! お兄様どうしちゃったの? こんなの違う……お兄様じゃないわ!」

 そう言って泣く少女に、兄は顔色を変えた。彼の顔に浮かんだ怒りは誰の目にも明らかだ。

「お前も……そうやってぼくを突き放すのか?」

「……まずいわ。ローズ、逃げなさい!」

 ガーネットは思わず叫んでいた。そう言われても彼女の足は動かない。そして周りの誰も、何かに当てられたように動けずにいた。

「何故みんなぼくから離れていく……? 嫌だ! そんなの、そんなの許さない!」

「きゃ……!」

「ローズ!」

 少女たちの叫び声。同時に、やっと呪縛が解けたようにガーネットは飛び出した。間に合わない。刃がローズに迫る――

「やめて!」

 誰かが言った。

 アレスが急にがくんと動きを止めた。ローズとガーネットに見えたのは、彼の背にもたれるようにしてぴたりと寄り添う姿。

「やめて、兄さん。」

「イリス……。」

 あの傷を負いながらいつの間に起き上がったのか。彼女は泣きそうな声で繰り返した。

 その手で、アレスの背中に剣を突き立てて。

「やめて。ローズは殺させない。」

「イリス、貴様……!」

 血に染まった彼女の剣が、地に落ちて音を立てた。

 短剣を振り上げて向き直ったアレスを、イリスはきつく抱き締めた。

「ごめんなさい、兄さん……。」

 そう言って咳き込んだ彼女の唇は赤く染まっていた。べにを差したよりも鮮やかな赤に。

「赦してください……僕は、いえ、私は、兄さんと一緒にいきますから。」

 二人の服を染める赤は、どちらのものだろうか。

 一緒にいる……。その言葉と、己を抱き締める腕のぬくもりをかみしめて、アレスは静かに目を閉じた。

 イリスは、驚いたように彼らを凝視し立ち竦む妹に少しだけ微笑んだ。

「ローズ。君は、生きて……」

「イリスお姉様……。」

 アレスの身体から力が抜ける。それに引っ張られてイリスもがくっと膝をつき、崩れ落ちた。

「イリス!」

 オニキスが再び駆け寄る。しかし、先程のようにその身体を抱き寄せることはできなかった。それどころか彼女に触れることすらできず、彼はただ立ち尽くしていた。

 寄り添い、互いを抱き締めて眠る二人の姿は、あまりにも哀しく美しかった。

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