LⅥ 生き別れの兄弟
「いやあああぁぁぁぁ!」
「兄さん!」
立ち竦んだまま悲鳴をあげたローズは、自分以外の声がアレスを呼ぶのに驚いて声を詰まらせた。
ローズだけではない。全員、呆気に取られて目の前の光景を見守っていた。
「アレス……兄さん……っ!」
アレスが倒れた瞬間、イリスが彼に駆け寄ったのだ。押さえていたミカエルの手を振りほどき、飛び出したその顔は真っ青だった。力を失った身体を抱き起こし、強く抱き締めて泣いている。
「……これは、どういう事だ?」
ミカエルが呟く。
「アレスが君の『兄』だと?」
主の言葉に、イリスは泣きながら頷いた。
「今まで黙っていて申し訳ございません、ミカエル様。しかし、決して隠していたわけではないのです。
アレスは僕の、実の兄です。父親が死んだため、当主である兄と幼いローズを守るので精一杯だった母は僕を妹夫婦の養子にしました。それ以来……今年の初めまで、アレスにもローズにも会っていませんでした。やっと再会して、でも、こんな事になるなんて……。」
「そんな……。」
オニキスの手から剣が落ちた。
その時、立ち竦み硬直していたローズが呟いた。
「嘘……本当に? 本当にイリスお姉様なの?」
静まり返った場にその声はよく通った。ノエル含む数人の視線を一身に集め、イリスはぴたりと動きを止める。一瞬の迷いの後、彼女は妹を見つめて頷いた。
「そうだよ、ローズ。小さかったから、忘れてしまっていると思っていた。」
「いいえ、ちゃんと憶えていますわ。」
ローズはまだ立ち竦んだまま動けずに、その場で姉をじっと見ている。まだ、信じられない思いが残っているらしい。
「イリス…………。」
その時、アレスが小さく囁いた。
「アレス!」
うっすらと目を開けて彼は、彼の顔を覗き込んだイリスにそっと手をのばした。涙で濡れる頬に触れる。
「イリス……お前、こんな私でも、兄と呼んでくれるのか?」
「何を言って……当たり前ではありませんか! アレスは、僕のたった一人の双子の兄。これは変えようがない事実です。」
「イリス……。」
アレスは呟くと、ふうっと息を吐いてイリスの頬から手を下ろした。目を閉じかける。
「! 兄さ――」
慌てたように彼の顔を覗き込み呼びかけたイリスが、動きを止めた。
オニキスからはイリスの背しか見えなかったが、異変を感じて駆け寄った。彼が見たのは、イリスの腹部に食い込むような位置にあるアレスの拳。何を握っているのかは見ることが出来ないが……と、イリスの服に赤がじわりと染みた。
引かれた拳に握られていたのは、短剣だった。
「……っ、う……」
「イリス!」
呻き声をあげて崩れ落ちるイリスに駆け寄るオニキス。ぐったりと力を失う彼女の細い身体を、彼は必死に抱き寄せる。
そんな二人をもう見もせず、アレスはゆっくりと身を起こした。その右手に、赤く染まった短剣が光る。重い傷を負ってよろめきながらも立ち上がり、彼はもう一人の妹に一歩近付いた。
「ローズ……」
名前を呼ぶ声は限りなく優しかったが、笑っていない目がそれを裏切っていた。
「ねえローズ……こっちに、お兄様の所においで? もう離れない、兄弟ずっと一緒だ。イリスも……ローズも。」
少女の口からひっと怯えた短い悲鳴がもれる。アレスはまた一歩迫り、言った。
「ぼくの、可愛い妹。ずっと一緒にいて……一緒にきてくれるよね?」
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