LⅤ 白と黒の戦い
白と黒は目にも止まらぬ勢いでぶつかっていった。
激しい剣の音がひっきりなしに響く。その動きはあまりにも速く、また二人の姿勢はくるくると変化するので、ノエルには何が起こっているのか捉えることが出来なかった。強いていうなら、オニキスの踏み込みが少し浅いような……。
「お兄様が押されていますわ。」
いつの間にかノエルのすぐ傍らに、彼女たちを守るようにひざまずいているガーネットが呟いた。
「お兄様はお優しすぎるのですわ。だからどんな戦いも、相手を殺さないようにしている。それでも勝てるの。身内の贔屓目ではなく、あの人は強いから……。でも今回は、その手加減ができる相手ではないようです。相当強いのね、あの男。」
剣をよく知る少女には二人の動きも、その心の内すらはっきりと見えているようだった。その口調ににじむのは、優しすぎる兄の強さへの敬愛と、それと剣を交える相手の強さへの純粋な驚き。
「これ以上躊躇い続けたら、命取りになるわ。」
事実として述べる口調に、私情はなかった。
ガーネットの言葉が現実となるかのように、オニキスの表情が苦しそうに歪み始めた。今はノエルにも彼が苦戦している事がはっきりと分かる。アレスの攻撃を受け止め、弾き返し、身を躱して避ける。その動きに危なげこそないが、余裕もなかった。それに何より、オニキスは全く攻撃できずにいる。一方的だ。
「ふん、どうした。手応えが無いな。貴様、そんなに弱い男だったか。つまらん。」
「ひどい……。」
ノエルは思わず呟いていた。
「ねえガーネット、何とかならないの? あのままじゃ、オニキスが……」
「無茶をおっしゃらないでくださいお嬢様。あの状況に入っていっても、私の腕ではお兄様の足手纏いにしかなりませんわ。」
ガーネットも少々苛立ちを抑え切れない様子で言う。ただ見ているのは、とても辛いことだった。
激しく戦いながら少女たちの会話を聞いていたというのだろうか、アレスが言った。
「決して殺さぬと……まだそんな甘いことを言っているつもりか。愚かな。そんな余裕が貴様にあるようには見えないが?」
「何とでも言え。……人の死は、我が主が望まれない。だから私は、たとえ敵であろうと殺生はしないと決めた。」
「それでは、私が貴様を殺すまでだ。そして残りも全員殺す。言っただろう、全て壊すと。」
ノエルの背に悪寒が走った。アレスの瞳に宿る、声に含まれる暗い狂気……この上なく恐ろしかった。この男が一度言ったらなんとしてでも必ず実行する、そんな予感とも言えぬ何か。
オニキスは、ギリっと音が聞こえるほど歯を喰い縛った。
「では……私には選択肢は無いということだな。」
喉の奥から、絞り出すような声だった。
「伯爵家をお守りする、それが私の役目だ。御家族には、貴様の指一本たりとも触れさせはしない!」
言うと同時にオニキスの剣が大きく地面すれすれを薙いだ。アレスは大きく跳び退いて避ける。
「貴様を止めるのは、貴様の死しかないというわけか。」
「やっと分かったようだな。」
その口元は笑うように上げられていた。
「しかしオニキス、貴様に私が止められるのか?」
「止めてみせよう。たとえ貴様と刺し違えてでも。」
何度目か分からない、金属同士がぶつかる音が響く。しかし彼らの動きに変化があるのは、ノエルにも分かった。
踏み込んで剣を交え、さっと退く。相手の攻撃を避けると同時にわずかに生じる隙を捉えて一撃を叩き込み、しかし己の隙さえも利用して相手の動きを読み裏を掻く。――ほんの一瞬でも気を抜けない、まさに命懸けの戦いだった。けれどそれは舞のように美しくも見えた。ガーネットは後にノエルに言った。「剣術の稽古でも試合でも、あんな見事なものは他に見た事が無い」と。
迷いと躊躇いを捨て去ったオニキスの剣は、まるで神が宿ったようだった。
「ハッ!」
鋭い気合いの声は、どちらが発したものだったのか――。
二人は向き合い、お互いに一歩踏み込んだ姿勢で止まった。片方の剣が落ちる。残った方の柄を握っていたのは、オニキスだった。
「何が……何が起きたの……?」
ローズが震え声で呟く。
剣が引かれ、アレスの身体がどうと地に崩れた。
「え、うそ……」
少女は、目の前の光景を信じる事が出来なかった。動けない。声も出ない。
「……いや…………」
倒れた身体から拡がる、赤。
彼女は現実を否定するように、力の限り叫んだ。
「いやあああぁぁぁぁ!」
「兄さん!」
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