LⅡ 炎の瞳
そっと目を開けて、ノエルは驚いた。
「私の娘に、何をするのです!」
「母様?」
ノエルを抱き締めて、サーヤが強くアレスを睨んでいた。いつも穏やかなサファイアの瞳が、今は青い炎のように燃えている。その横顔は、あの日ノエル達を背に庇い同じようにアレスと対峙したマーヤの面差しと重なった。やっぱり姉妹なんだ。氷色の炎の瞳と、暗い闇の焔の瞳が睨み合う。
サーヤはノエルの声に振り向き、真剣すぎて怖い程の形相で娘の顔を見つめる。
「エディに聞いて、どれほど身の凍る思いをしたか……! こんな危険なこと! もう、一人で何処かに行ってしまわないで頂戴。またあなたがいなくなったらと思うと、私……私は……!」
「母様……」
ノエルの目から、涙がひとすじ落ちた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、母様!」
自分の行動が、こんなにも母に心配をかけてしまった。申し訳なさで胸が締め付けられる。泣きそうになって叫んだノエルを、母はもう一度優しく抱き締めた。
その時、走ってくる多くの足音がした。ノエルが振り向くと、
「ノエル! 母上、こちらですか!」
「兄様! みんなも……!」
エディを先頭に、ミカエル、オニキス、イリス、ガーネットが続く。騎士たちはミカエルを中心として剣を構え、アレスと対峙した。一瞬の出来事にあっけにとられるノエルに、借りたものらしい短剣を手にしたエディが駆け寄る。
「ノエル! 良かった!」
「エディ……ごめん。」
「そんなことは後でいいから、ロビンを!」
彼に言われるまでもなく、一人で来ないとロビンが危ないと言われたことをずっと考えていた。ノエルは頷くと母の腕から飛び出し、二人はアレスの脇をすり抜けて、横たわる少年に駆け寄った。
「ロビン!」
ノエルが抱き起こすと、ロビンはうっすらと目を開けた。
「ノエル……。」
「良かった! ロビン、大丈夫?」
泣きそうになりながら強く抱き締めるノエルの腕の中で、ロビンは弱々しく笑う。彼女の肩に顔をうずめて呟いた。
「ノエル……ばか、来ちゃ駄目って言ったじゃないか……。」
三人の子どもたちを暗い目で見下ろし、アレスはそちらに一歩近寄る。
「待て。」
ミカエルが言う。彼の知的で静かな瞳は、怒りに燃えていた。
「私の家族に手を出すな。貴様の相手はこちらだ。」
サーヤも子供たちに駆け寄り、ノエルとロビンを抱き寄せる。三人を庇うようにエディが立ち上がった。
その様子とミカエルたちを交互に見て、アレスは一人ふっと笑みを漏らす。
「麗しき家族愛だな、アンヴェリアル伯爵殿。」
「貴様がこんな事をやらかしたのも、その家族愛の為だとでも言うつもりか?」
そう言うとミカエルは少しだけ語調を和らげる。
「アレス=バダンテール。八年前に自害したシメオン=バダンテール殿の子息。
君の父上は、ここにいるオニキス=マルシャンの父と親友であり、我が父とも交流があった。だから……我が父と繋がりがあったから、シメオン殿は利用されたんだ、貴族社会のくだらない争いに。彼は某下級貴族に騙されて伯爵に剣を向け、親友に捕らえられた。真実を知り、マルシャンが止める間もなく彼の目の前で命を絶ったそうだ。」
ミカエルの口から語られた過去に、子供たちは目を丸くする。アレスは不機嫌そうに口元を歪めた。
「……自分の父親の事、改めて聞かされるまでもない。そんな話をして、何が狙いだ。」
「互いの認識をはっきりさせようと思っただけだ。もし、君の目的が父上の仇討ちだと言うのなら……」
それを聞くと、アレスは唐突に笑い出した。
「貴様も復讐などくだらない、何も変わらないと言うのか? それは説得のつもりか!? 笑わせる。父親は騙され利用された愚か者だ、仇討ちなどしてやろうとは思わぬ。……これは、確かに復讐だ。父親の為ではない、その父親の所為で大切なものを失った自分の為のな。」
「……バカじゃないの。」
「ガーネット、落ち着け。」
呟いた女騎士は、兄の制止も聞かずに剣を抜き放った。激しく燃える黒曜石の瞳で相手を睨み付け、吐き捨てる。
「申し訳ございませんお兄様、落ち着いていられません。
初対面の方にこんな事を申し上げる失礼をお許しくださいませ。私、貴方のその独り善がりで身勝手で子供じみた態度を見ていると身震いするほど腹が立って仕方ありませんの。」
「ガーネット。」
「ミカエル様、ご無礼を致します。私は黙りません。
貴方は子供です、アレス殿。貴方の境遇は確かに辛いものであったかも知れません。しかし貴方のしていることは、大切な人形を取り上げられて泣き喚き、取り返そうと相手に殴り掛かる幼子と同じではありませんか。それに、その大切なものは未だ戻らないのでございましょう? 攻撃とも言えぬ八つ当たりです。そんな事の為に伯爵家は苦しみ、ノエルお嬢様は命を狙われ、マーヤ様は命を落とさねばならなかったのですか。」
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