ⅩLⅠ 彼らの想い
「あっ。」
木陰に座り込んで楽しそうに喋っていたノエルは、急に小さく声を上げ、何かに視線を奪われた。ロビンもその視線を追って振り向く。
視線の先にあったのは屋敷のテラス。ノエルの母サーヤが微笑みながらこちらを見守っている。その隣にはエディの姿。そこに、先程ふらっと何処かに行ったガーネットがちょうど戻って来たところだった。途中で会ったのか、イリスも一緒だ。そんな様子とノエルの顔とを交互に見たロビンは、彼女の視線が四人のうち一人にじっと注がれていることに気付いた。
(ふうん……、そういう事。)
ロビンはこっそり一人頷き、唐突に立ち上がるとノエルを置いて駆けだした。テラスの方に手を振りながら、無邪気な笑顔で呼ぶ。
「イリス!」
呼ばれた騎士は驚いたように少し目を見張り、テラスの段差を下りて少年を出迎えた。
「どうかなさいましたか?」
「ん、ちょっと交代。今度はイリスがノエルの傍に行ってあげて。」
ロビンはエディの隣の椅子に腰かけると、イリスの背中をじっと見送る。騎士は優しく令嬢に手を差し伸べ、彼女は少し頬を赤らめてその手を取った。くすぐったいように微笑むノエルは、妙にあどけなく可愛らしく見える。ロビンの隣、先刻からノエルをずっと見つめていた少年がぼそりと呟く。
「ノエルは、彼が好きなのかな。」
「……かも知れないね。」
ロビンは曖昧に答えた。エディもノエルも、イリスの「あのこと」を知らない筈だ。ノエルがイリスをどう思っているのか……純粋に異性として見て好意を抱いているのか、それとも無意識下で自分と同じものを感じ取ってそれに惹かれているのか、ロビンには分からなかった。
けど、分かることもある。
(ノエルは、変わった。)
危険な目に遭い、過去の真実を知り、彼女の人生が大きく変わったあの日。あの日から、まだたった数日しか経っていない。けどその短い時間がノエルにもたらした変化はとても大きかった。
「ねえ、エディ
「何だよ。」
エディはやっぱりノエルをじっと見つめたまま応える。
「ノエル、変わったよね。」
「……そうだね。」
「何て言うか、女の子らしくなったよね。」
「そうだね。」
「可愛いよね。」
「そうだ……っ!?」
ぼんやりと半分無意識で答えていたエディは、ロビンの言葉を一瞬遅れて理解したらしい。なぜか慌てて口を止める。
「てめえロビン何言わせんだよ!」
赤い顔をして叫ぶ彼に、ロビンはにやにや笑いを隠さない。
「どうしたの、エディ兄。なんで赤くなってんのさ。」
「なんでって、な、お前……だって……」
エディは何だかはっきり言えずに口をぱくぱくさせる。ロビンは無邪気な笑顔でさらに言った。
「なんで? だって可愛いじゃん。ほら、なんか仕草とか女の子っぽくてさ。いままで〈ノエル兄〉の強くてかっこいい所しか知らなかった僕には新鮮で、よけい可愛いなって。」
異様に力の入った笑顔でエディを見つめるロビン。エディは何も言えなくて固まってしまった。
「ロビン。だめよ、そんなふうに意地悪するものじゃないわ。エディが困ってるじゃないの。」
近くで見ていたサーヤが、苦笑してそんな彼をたしなめる。頬を膨らませて口を尖らせたロビン。そんな少年の仕草は、以前のノエルのそれより余程かわいらしい。
けれどそんな外見に似合わず、彼はとても冷静にノエルやエディをよく見ていた。
(エディ兄ってば、じれったいなあ。)
そんなことを思っていたら、不意にサーヤと目が合った。微笑みかけられ、どきりとする。なぜか、彼女には全部わかっていると言われたような気がしたのだ。
「サーヤ……?」
思わず呟く。サーヤは微笑んで、指を自分の唇にすっと当てた。まるでノエルと変わらない
「奥方様。」
テラスに出てきた使用人の女性に声をかけられて、彼女はあっという間に表情をといた。
「ミカエル坊っちゃまがお呼びでございます。大切な用件ゆえ、すぐにお越し頂きたいと。」
「決め事は全て任せているじゃないの。あの子はもう大人よ。
「しかし奥方様、」
使用人は困ったように小首を傾げる。
「オニキス様がお戻りになったそうでございますよ。ゆえに、八年前のあの件についての話を奥方様にもお聞き頂きたいと……。」
ハッとしたように、その場の空気が少し変わった。
「お兄様がお戻りに?」
「それは……私も知りたいわ。この家に、私の家族にまつわる真実を。」
静かに答えるサーヤ。だが、その唇は少し震えていた。彼女は傍らの女騎士に顔を向ける。
「ガーネット、あなたもついて来てちょうだい。」
「はい、奥方様。ノエルお嬢様もお呼びしますか?」
「……今は、いいわ。時期をみて私から話しましょう。ロビン、エディ、すぐ戻りますからね。」
サーヤは少年達に優しく笑いかけ、室内へと姿を消した。
テラスに二人きり取り残された少年達。と、少し唐突にロビンが呟いた。
「ねえ、エディ兄。ノエルのこと、まだ赦してない?」
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