ⅩL 彼女の強さ
「ガーネット。君は、自分の選んだ生き方を後悔したことはないの?」
イリスの言葉に、ガーネットは少しも迷うことなく即答した。
「無いわ、今までに一度も。そして、これからもきっとしないわ。」
きっぱりと言い切った彼女は、弾けるような笑顔を見せる。
「憧れた騎士になれて、伯爵様にお仕え出来て、私はとても幸せよ。それに、お兄様や父上の反対を押し切って、むりやり掴んだ道だもの。弱音を吐いたらそれ見た事かと言われそうで悔しいから、後悔なんて出来ないの。」
冗談めかした彼女の口調に、イリスの口元にも笑みがこぼれる。からかうように聞き返した。
「さすが、負けず嫌いの君らしいよ。でも幸せの一番大きな理由は『大好きな伯爵様の傍にいられるから』じゃないのかい?」
「ええ、そうね。」
ガーネットは照れることもなくあっさりと認める。
「ミカエル様への想いは、あの方と初めてお会いした時から変わっていない……いいえ、より強くなっているわ。一目見て、あの方の為なら命なんて惜しくないと、そう思ったの。」
彼女は不器用にステップを踏んでターンをしてみせてから、軽く肩をすくめる。
「……確かに、縁談の事を考えれば『先代伯爵様に重用されていた騎士クロヴィス=マルシャンの娘』で『ミカエル様の信頼の厚いオニキス=マルシャンの妹』でいた方が有利なのは分かってるわ。清く美しく誇り高く、かつ女らしく淑やかで気立てのいい娘が『貴族の妻』として望まれることも。でも、本当の自分を隠して『淑やかなレディ』を演じるには、私はちょっとお転婆すぎたし誇りが高すぎたのよ。」
彼女はまた別のステップを踏む。強く踏み出し、軽やかに跳ぶ、よどみなく滑らかな動き――剣術の足さばきだ。
「今はただあの方のお傍に居られるだけでいい。あの方の剣となり盾となれることが私の幸せ。」
まっすぐな視線と口調が、そんな彼女の意思を何よりも雄弁に物語っていた。イリスは思わず呟く。
「強いんだね、君は。」
「いいえ、全然。ただ莫迦で頑固なだけよ。」
ガーネットは笑いながら言って肩をすくめる。そして屈託のない笑顔でイリスの顔を覗き込んだ。
「もし私が強いのなら、その強さを支えてくれているのは、イリスよ。」
「ぼ、僕?」
「そうよ。女であることを隠しているかいないかっていう違いはあるけれど、同じく騎士としてあなたがいる。あなたの言うとおり、男女にはどうにもならない体格差や体力差ってものがあるわ。その理不尽な差にも、女のくせにってバカにする
「ガーネット……。」
イリスは思わずガーネットを見つめる。ガーネットは照れたように笑って、殴るような勢いでイリスと肩を組んだ。
「辛かったら、あなたも私を仲間だと思ってよ。ね?」
「ありがとう。そうさせてもらうよ。」
二人は声を立てて笑った。イリスは笑いながら、冗談の口調で言う。
「確かに男女の差は辛いよ。誤魔化すのも、もう限界かも知れないね。ロビンにまで見抜かれてしまったんだから。」
「まあ、あの子に? イリスが美人だと気付かないなんて殿方はみんな鈍いのかしらと思っていたけれど、目ざとい男の子もいるのね。」
ガーネットもくすくす笑って応じる。すっかり肩の力が抜けて気が緩み、ついうっかり余計なことが口を飛び出した。
「もしかしたら、お兄様ももう気付いているかも知れないわよ。」
その次の瞬間、彼女は言うんじゃなかったと後悔した。イリスの顔からさっと笑みが消えたからだ。
「オニキスが? どうして……」
「やだ、冗談よ冗談! お兄様ってば女心に鈍いもの、きっと夢にも思っちゃいないわよ。」
慌てて打ち消したが、イリスの表情は硬いままだ。そして、つい口を滑らせたガーネット自身、ただの冗談だと思えない気がしていた。
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