ⅩⅩⅢ   言葉の刃

「あ……あなたは……」

 驚きに目を見開いたイリスは黒服の男を見つめ、何か言おうと口を開く。

「ノエル!」

 しかしそれは言葉になる前に止まった。ロビンの叫ぶ声に我に返ったイリスは、力が抜けてへたり込んでしまったノエルを見、そこで初めて床に横たわる女性の姿を視界にとらえた。

「マーヤ様!」

 母子の元へ駆け寄る騎士。と、その脇をアレスが何事も無かったかのように静かにすり抜けて行く。騎士はすぐに振り向き追おうとしたが、なぜか足が動かず、声も喉が詰まったように出てこない。黒い後ろ姿は悠々と立ち去り、やがて見えなくなった。

 騎士イリスはぐっと唇を噛み、室内へと向き直った。まずノエルの前でそっとひざまずく。

「遅くなり申し訳ございません。お嬢様、お怪我はございませんか?」

「あたしは、平気。ロビンも大丈夫だし、エディも……怪我はしてないわ。」

 気丈に答えてみせたが、強いショックの所為だろう、少し声がかすれている。

そんなノエルに、小さなロビンはぎゅっとしがみついて身を寄せた。その様子は怯えているようにも見えたが、むしろノエルの体をその腕で包み込もうとしているようだった。ノエルもしっかりロビンを支えていた。この二人は大丈夫。イリスは彼らに小さく頷くと、次にエディの傍らに屈み込んだ。まだ先刻と同じ姿勢で蹲っている少年の肩を、包み込むように優しく抱き締める。

「エディ様。」

 そのぬくもりに、まるで氷が解けていくようにゆっくりとエディの両腕から力が抜ける。イリスは彼の腕からマーヤを抱き止め、少年の背中を支えたまま器用に片手で床へ横たえた。完全に脱力してそのまま床に倒れてしまいそうなエディを、何も言わずに包み込む。そしてそっと立たせた時、エディの口から不意に言葉がこぼれた。

「……せいだ。」

「え?」

「ノエルの、所為だ。」

 ノエルは雷に打たれたような衝撃に立ち竦む。次の瞬間、少年は彼女に食って掛かった。

「あいつからノエルを守ろうとして、母さんは……! あいつがノエルを追ってここに来なければ、ノエルが狙われていなければ、母さんがああなることはなかった! ……母さんはノエルのものじゃない、僕の母さんだ! なのに、ノエルが……ノエルが僕から母さんを取ったんだ! 僕の母さんを返せ! 返せよ!」

「エディ様!」

 イリスが慌ててノエルからエディを引き離す。肩を強く後ろに引かれた勢いのままエディは尻餅をつき、深く俯いて動かなくなった。

「ノエル! 大丈夫!?」

 ロビンが彼女をぎゅっと抱き締める。ノエルは棒立ちになったまま動けずにいた。

(あたしの、所為……あたしの所為で、マーヤが……)

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