ⅩⅩⅡ 守るために
マーヤの体が床に崩れ落ちる。
一瞬遅れて、ロビンが悲鳴を上げてノエルにしがみついた。ノエルも真っ蒼な顔でロビンとエディの腕をぎゅっと握る。呆然と座り込んでいたエディは、やっと目の前の光景を認識したらしい、金切り声で叫んだ。
「母さん!」
「エディ、よせ! そっち行っちゃだめだ!」
我に返って止めようとしたノエルの手を振り払って、エディは母に駆け寄った。必死に抱え起こし、叫び続ける。
「母さん! 母さん! 嫌だよ、こんなの嘘だ! ねえ起きてよ、母さん……っ!」
あかぎれだらけの白い手が、力なくぱたりと床に落ちる。どんなに揺さ振られてももうその体はぴくりとも動かず、目を開くこともない。彼女の着ている服も、彼女を抱き締めるエディのシャツも、次第に鮮やかな赤に染められていく。
ノエルは声を出すことも出来ずに、母子を見つめていた。
その時。アレスが、一歩動いた。それにノエルははっと我に返る。彼の視線が、うずくまったままのエディに向けられていることに気付いたからだ。
「待て。」
震えを押し殺した声に、アレスはそちらを見る。ノエルがゆっくりと立ち上がった。
「ノエル?」
ロビンが不安げにノエルの袖をいっそう強く握る。それを優しく外しながら、彼女は真正面から男と対峙した。アレスが可笑しそうに目を細める。
「お前の狙いは、俺だけのはずだ。こいつらは関係ない。そうだろう?」
「ノエル!」
ロビンの叫び声を無視してノエルは続ける。
「簡単な事じゃないか……。俺はどうなったって良い。その代わり、この二人に手を出すな。」
「ノエル、だめだよっ!」
ロビンがノエルにしがみつく。ノエルはあえてそれを無視し、アレスを睨み付けた。アレスも余裕の表情で少女の鋭い視線を受け止める。もはやその目にエディもロビンも映っていないことにノエルはひとまず安堵する。アレスの眼中にあるのは、ノエルただ一人。ロビンは怯えきった顔でノエルを見つめていた。
その時だった。
アレスの背後――この家の勝手口が、叩き壊されんばかりの勢いでドンドンと叩かれた。
「お嬢様っ! お嬢様、失礼します!」
「イリス!」
扉の外から聞こえた声に、ノエルは思わず泣きそうな声で叫んだ。ほっとしたあまり涙がにじむ。彼女の声にただならぬものを感じたらしいイリスは、すぐに扉を開けて家の中に飛び込んだ。
その騎士の姿は、彼が何故もっと早くここに駆け付けることが出来なかったのかを充分に想像させるものだった。息を切らして、右手には抜身の剣を握ったままだ。服が数ヶ所破れ、少し血がにじんでいる所も見える。
イリスは扉を開けてそのままの位置で立ち竦んだ。目を見開き、黒服の男を凝視する。
「あ……あなたは……」
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