ⅩⅩⅠ   悪夢の続き

 乱暴に開け放たれた勝手口の扉の向こうに、ノエルは悪夢の続きを見た。

「どちら様です!? いきなり、何……」

 マーヤが悲鳴のような声で叫ぶ。何事か分からなくても咄嗟に何か感じたのだろう、顔は怯えて真っ青だった。子供たちを庇うように抱き寄せる。それを見下す、冷ややかな視線の男。驚きと恐怖、そしてその視線の圧迫感に、喉が締め付けられる。ノエルは声を絞り出すようにして、その男の名を口にした。

「アレス……!」

「お嬢様に覚えていただけたとは、光栄だね。」

 彼はそう言って薄く笑う。ノエルの背筋に寒気が走った。

 アレスは室内に入り、扉を閉めた。彼はただ静かにそこに佇んでいるように見える。まるで親しい者の家を訪ね、世間話でもしようかというような穏やかさ。しかし、その暗い瞳に宿った殺気がそれを裏切っている。

 竦んで動けなくなっていたノエルは、ハッとして叫んだ。

「イリス! 貴様、イリスはどうした!?」

(僕はお約束の通り、この扉のすぐ外におります。何かあったらお声掛け下さい。)

 確かにそう言っていた。彼がそれを違えるとは思えない。

「助けは、来ないよ。」

 その声のあまりの静かさに、ノエルは血の気が引くのを感じた。そんな、まさか……。恐ろしい光景が脳裏に浮かびそうになって、慌ててそれを振り払う。そんなノエルの様子を見てアレスはまた少し笑い、一歩こちらへ踏み出す。

 その時だった。マーヤが唐突に立ち上がり、両手を広げて彼と子供たちの間に立ち塞がったのだ。

「……何のつもりだ。」

 足を止めたアレスの言葉には答えず、マーヤは震える声で叫んだ。

「逃げなさい!」

「母さん!?」

「エディ、お嬢様とロビンを連れて逃げるのよ! 玄関口から出て! 早く!」

 アレスは歯を食いしばるマーヤを見、目を細めた。

「邪魔をするな。退け。」

「退きません。」

 背の高い男をほぼ見上げるようにしながら、それでも一歩もひかずにマーヤは子供たちの姿を彼の目から隠すように立っている。暫し無言で睨み合う二人。どちらも譲らぬ無言の戦いが続いていた。

 そんな息苦しい空気がどのくらい続いただろうか。アレスが動いた。

「これでも退かぬと言うか。」

 静かに言い、剣を抜く。

「母さん!」

「マーヤ! 駄目だよ、逃げて!」

 子供たちの悲鳴にも、彼女は動かない。剣を向けられたまま、しっかりした声で言った。

「私の命がある限り、私の大切なこの子たちに、傷一つだって付けさせません。」

 すると一瞬、アレスの目が揺らいだ。鋭く刺すようだった殺気がゆるむ。

 その目に浮かんだ色は……哀しみ?

 しかしそれは本当に一瞬のことで、錯覚か何かだったかのように消え失せ、元に戻る。アレスの暗い瞳に現れる物騒な光。ゾッとするような凄味ある微笑み。

「……やめろ。」

 ノエルの口から、呻くような微かな声が漏れる。

「それなら、排除するまでだ。」

 刃が光る。子供たちは竦み上がったまま動くことも出来なかった。

 マーヤは動かない。ただ、何もかも見通しているとでもいうように、少しだけ笑った。

「やめろ!」

 ノエルの絶叫が響く。冷たい金属が、か細い女性の身体を貫いた。

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