ⅩⅩⅣ   重い祈り

(あたしの、所為……あたしの所為で、マーヤが……)

 彼女自身そう考えもしなかった訳ではない。けれど改めて発せられたエディの言葉は、剣よりも深くノエルの心に突き刺さった。

(そうだ、全部あたしの所為だ。あたしがここに戻るなんて言わなければ。素直に、まっすぐ家族の元に向かっていれば……。危険は承知、なんて思い上がったこと言って。ちっとも解っちゃいなかったのに。)

 ロビンが何か叫んでいるのも、ノエルの耳にはもはや届いていなかった。

「あたしの所為だ……あたしが、あたしが……!」

 彼女はうわごとのように呟く。その事の恐ろしさに、頭の中を冷たい痺れが襲う。視界が滲み、かすむ。立っていられなくなって膝をついた。

「ノエル!」

「お嬢様!」

 二人の声が同時に、変に遠くで聞こえた。

倒れ込むノエルを、イリスが間一髪で受け止める。

 丁度その時だった。ノックの音が聞こえて、彼らは体を強張らせた。ロビンが縋るような目でイリスを見、騎士は緊張した面持ちで扉をじっと見つめる。今、無関係の第三者をここに入れる訳にはいかない。こんな様子を見られたら、話が余計ややこしくなるからだ。張り詰める空気。

 しかし次に聞こえたのは、予想もしなかった声だった。

「ごめん下さい、どなたかいらっしゃいませんか。」

「オニキス?」

 穏やかでいて凛とした男性の声。イリスが目を見張り、その声の主の名を呟く。その呟きを聞き取ったのだろう、扉が細く開いて、背の高い騎士が屋内へと滑り込んできた。

 彼は部屋の様子を一目見るなり顔を強張らせ、改めて扉をしっかりと閉めた。

「なんて事だ……」

 そしてマーヤの傍らにひざまずくと、彼女の手をそっと取って胸の上で組ませる。イリスは無言で自分の首元に手を当て、小さな十字架のペンダントを外して差し出した。それをオニキスが受け取り、マーヤの手にそっと握らせる。二人の無言のやり取りは流れるように自然で、不思議な感じがした。

「オニキス、どうしてここに?」

 イリスが囁くように尋ねる。オニキスは唇を噛み、苦々しく言った。

「何か、嫌な予感がして……。あちらの事はガーネットに任せて、急いで来たんだ。勘が外れればいいと思っていたのだけど。」

 彼は短く祈りを捧げ、イリスの腕の中でぐったりとした少女へ向き直る。

「ノエルお嬢様は?」

「意識を失われているだけだ。お怪我はないようだけれど……ショックが強かったものだから。」

 オニキスは頷き、呆然としたままのエディにマントを着せて立たせる。イリスの腕から少女の体を抱き取り、そのぐったりした小柄な体もそっとマントで包む。彼女を抱き上げながら、彼は囁くように言った。

「すぐそこに馬車を待たせてあるんだ。私はお嬢様とお二人をこのまま伯爵様のもとにお連れして、もう一台馬車をここへ寄越す。君は、それを待ってマヤ様をお連れしてくれ。」

「分かった。」

 イリスは深く頭を下げる。オニキスは静かに立ち上がり、ノエルの傍らからずっと離れずに成り行きを見守っていた少年に声を掛けた。

「ロビン様、手をお貸しいただけますか。」

「うん、わかった。エディを連れて行けばいいんでしょ?」

 四人が立ち去ると、イリスは改めて横たわる女性の傍らにひざまずく。そして目を閉じ、いつまでも長い長い祈りを捧げていた。

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