Ⅵ 守護の手
「お怪我はございませんか? ノエル様。」
「……は?」
あまりに驚いて、気が抜けて遠くなりかけていた意識が一瞬で覚醒した。自分で身を起こそうと腕を突く。が、肩に走った鋭い痛みに顔を顰める。
「ああ、少し切られていますね。大丈夫、浅いですよ。」
青年はそう言うと、手早く白いハンカチを広げてノエルの肩に当てる。服の上からきつく結ぶと痛みは少し和らいだ。騎士は、立ち上がるノエルの左手を取って助けつつ尋ねる。
「他には何処かお怪我は?」
ノエルは黙って首を横に振り、相手の顔をじっと見た。整った綺麗な顔。黒曜石の瞳には、先刻の強さが想像できないほど優しく柔和な光を湛えている。女性なら誰も魅了されそうな微笑み。
間違っても知り合いなどではない。今までに会った事すらない筈である。ノエルは青年の手を振り払うと、彼を警戒した野生動物のような目で睨み付けた。
「お前、何者だ? どうして俺の名前……」
青年は少し困ったような顔をして、静かな声で話し始めた。
「私の名は、オニキス。騎士として、とある高貴なお方にお仕えしております。その
そして再び跪き、深く頭を下げた。ノエルは驚いて、慌ててオニキスと名乗った青年の肩を掴んで体を起こし、早口に言う。
「や、やめてよ! 様とか、頭下げるとかやめてくれ。なんだか体がむずむずしてくるし、言葉もごちゃごちゃしてよく分からねえ。頼むから、立って、分かるように話を整理させてくれないか。」
ノエルの言葉にオニキスは素直に立ち上がり、頭を抱えつつ何か言おうとしているノエルの次の言葉を黙って待っていた。ノエルは分からないながら必死で頭をひねり、ゆっくり言葉を選んで尋ねる。
「誰かに頼まれて、俺を守ってたってことか?」
「はい。」
「頼まれたって、誰に? その人はどうしてあんたに俺を守らせたりしてたんだ?」
赤の他人が裏路地に住む孤児であるノエルを守る理由はない筈だし、ノエル自身に守ってくれる相手の心当たりはない。だから、これが一番の疑問だった。
青年はなぜか口ごもり、考え込む。やがておもむろに口を開いた。
「全てをお話し致しましょう。しかし、ここではあまりに危険です。安全な場所までご案内いたしますので、一緒に来ていただけますか?」
そうして差し出された手を、ノエルは警戒せずにいられなかった。これも罠なのではないかと……ずっと続いている芝居なのではないかと疑ってみた。
しかし、頭ではそう考えてみても、心は安心しきっていることにノエル自身とうに気づいていた。
(綺麗な目。そんな嘘をついているようには見えない。)
根拠は全くない。勘というか、第六感のようなものだ。でも長いこと野良猫のように生きてきたノエルは自分の勘を、生きたいと願う本能を信じていた。
(信じてみよう。これで死んだら、そこが俺の運の尽きだったってだけのことさ。)
ノエルは差し出された白い手を強く握った。
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