Ⅴ     白の騎士

、そうか。」

 低い声で呟く。ノエルの背筋に寒気が走った。

(やはり、だと……?)

 引っかかったが、その意味をのんびりと考えている余裕はなかった。

「わあっ!」

 剣が突き出され、ノエルは咄嗟に飛び退いてどうにか避ける。続いて二回目、三回目と繰り出される突きを必死で躱す。まるで舞ってでもいるような軽やかで美しい動きは正確に一瞬前までノエルがいた空間を切り裂く。奥へ逃げても行き止まり、路地の入口は塞がれている。ノエルはただ狭い路地の中をくるくると逃げ回る事しかできない。男が嘲笑う。

「逃げるのも疲れただろう。」

「へっ、まだまだ!」

 減らず口を叩いても、動きが鈍ってきたのはノエル自身が一番よく分かっている。しかし、動きを止める訳にはいかない。止まったら、終わりだ。

(そうさ、まだまだだ……まだ死んだりしてたまるかよ! だって、)

 夢の中、母と約束した。強く生きると。

(死んじまったら、会えない。母さんにも、父さんにも、いるかもしれない兄弟にも。)

 生きていれば必ず会えると母は言った。

 もちろん本当に名も顔も分からない母を探し出せるとは思えない。けれど、ノエルは母の言葉を信じていた。生きてさえいれば、いつか必ず会える。胸元にある指環が導いてくれる気がした。

 しかし、思えばローズにさんざん引っ張りまわされた後でのこの立ち回り。体力も限界だった。

「おわっ!」

 一瞬、反応が遅れた。刃が袖を切り裂き、右肩あたりに鋭い痛みが走る。バランスが崩れ、尻餅をついたノエルに剣が迫る。動きはやけにゆっくりと見えるのに、体が思うように動かない。

 俺、死ぬのか――。妙に冷静に、他人事のように思った。

 その時だった。

「そこまでだ!」

 凛とした声に、剣の動きがぴたりと止まる。ノエルも驚いてそちらを見た。相手の姿を認めたアレスの口元がニッと上がる。

「やはり来たな、オニキス。」

 二人の視線の先にいたのは、目を見張るほど美しい男だった。高い位置で束ねられた長い髪は艶やかで、強い光が宿った瞳は縞瑪瑙オニキスというより黒曜石オブシディアンのような明るい色。白を基調とした騎士装束がよく似合う。背が高く、すらりと細身だが女性のような線の細さはなく、鍛え上げた鋼のしなやかさがあった。銀の装飾品のように綺麗な、しかし紛れもなく鋭い刃の光を放つ剣を握った右手はまっすぐに伸びて、切先をアレスの喉元にピタリと合わせる。

「このままチェックメイトとしようか?」

 暫し睨み合う、黒と白の剣士。と、アレスが不意に肩の力を抜いた。

「私は一旦引くとしよう。決着は急がない。まだ始まったばかり、やっと面白くなってきたゲームが終わってしまってはつまらないからな。」

 そして身を翻し、素早く白い騎士の脇をすり抜けて走り去った。

 ノエルは力が抜けて、そのまま背後の壁へと寄りかかる。右肩がズキズキとひどく痛い。何が何だか分からなくて、気が遠くなりそうだった。その背を、ひざまずいた騎士が優しく抱き起こし、支えた。優しい目でノエルの顔を覗き込んで囁く。

「お怪我はございませんか? ノエル様。」

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