Ⅶ 小さな屋根の下
「……ただいまー。」
ロビンは勝手口を押し開けて、囁くような声で言った。きょろきょろと左右を見て、誰にも見られないうちに細い階段を上がってしまおうと足をかける。しかし、あっけなく見付かった。
「ロビン!」
いつの間にかキッチンに入ってきたのはこの家の女主人、マーヤ。ノエルとロビンを引き取った養い親だった。彼女はロビンの肩に手を置いて視線を合わせ、優しく言った。
「いつも言っているでしょう? 出掛けるのはもちろん構わないわ。ただ、二つだけ約束して頂戴。出掛ける時と帰ってきた時は声をかけること。食事はこの家でみんなで食べること。ね?」
「……うん。ごめんなさい、マーヤ。」
ロビンは俯いて素直に謝った。もっとも彼はマーヤにも懐き、この家にもそれなりに馴染んで心を開いているから、家にいることを避けるようなことはない。それはマーヤにもちゃんと分かっている。
問題はノエルの方だ。マーヤやその息子のエディとの接触をできるだけ避け、夜寝る時と食事時以外ほとんど家に居着かない。ロビンは主にそんなノエルに引っ張りまわされて……ではなくノエルを心配して付いて歩いているだけだ。
「困った子ね。仔猫みたいな子。」
マーヤはよくそう言ってため息をつき、愛おしそうにそっとノエルの頭を撫でる。実の子でこそないが、ノエルは彼女にとって〈とても大切な子〉だったから。
いつものように作ってきたロビンの擦り傷に気を取られていたマーヤは、その〈大切な子〉の姿がないことに一瞬遅れて気付いた。
「そういえば、ノエルは? 一緒ではないの?」
「うん、先に帰ってろって。でも、すぐに帰ってくるって。」
「そう……。」
ノエルとロビンが一緒に行動しなくても、何ら珍しいことではない。いつの間にかはぐれてしまったとどちらかが先に帰って来ることもあるし、ノエルがロビンを撒いてしまったことも何度かある。今回のも、ロビンの話を聞く限りではいつものことと変わらないようだった。
しかし、何故かどうしようもなく胸騒ぎがした。何の根拠もないのだが。
(何か、危険な目にあったり、事件に巻き込まれたりしてはいないかしら……)
わけもなくそんな思いに憑りつかれる。彼女自身にも理由は分からなかった。
「あの子に何かあったら、私は……どうしたらいいのかしら。」
つい、思いが口に出てしまった。
「母さん? どうかしたの?」
それを耳ざとく聞き取ったのだろう、ちょうどキッチンに入ってきたマーヤの一人息子エディが、母の顔を見て訝しげに尋ねる。マーヤははっとして、あわてて笑顔を作ってみせた。
(この子たちを不安にさせちゃいけないわ。)
「何でもないわ。ノエルも困った子ね。さ、昼食の準備をしちゃいましょう。きっと食事までには帰って来るわ。」
明るく言う。けれど、マーヤの心に棲み付いた不安はどうしても拭い去れなかった。
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