Ⅷ 証の指環
くすみ一つない純白のカップに、色鮮やかな茶が静かに注がれる。その温かい湯気は、不思議な香りがした。
「どうぞ。カモミールです、落ち着きますよ。」
そう言って微笑み、ティカップを差し出した美しい男。ノエルは彼をしばしぼうっと見つめ……ふと我に返って視線を落とした。そっとハーブティを口に含み、熱さに顔をしかめる。それを、オニキスは別の意味に受け取ったようだった。
「あ、お口に合いませんでしたか?」
「ううん、ちょっと熱くて。……美味しい。初めて飲んだ味だ。」
ノエルは慌てて首を横に振る。オニキスは優しく微笑み、自分もそっとカップに口をつける。少しだけ二人とも無言になり、部屋の片隅に置かれた柱時計の秒針の音だけがノエルの耳に響いた。
それにしても、すごく広い部屋だ。今ノエルたちが暮らしている小さな家が、すっぽり入ってしまいそうなほど……天井はさすがに高さが足りないが。でも天井も充分高くて、部屋の中央にはシャンデリアが下がっている。足の下はふかふかした絨毯で、却って落ち着かない。ノエルはやや緊張しながら、そっとカップをソーサーに置いた。
「ね、教えてくれるんだろ? 誰が、どうして、俺を守ろうとしていたのか。」
ノエルの言葉に、オニキスは頷く。
「その前に、いくつか確認しておきたい事があるのですが……宜しいですか?」
「うん、なに?」
素直に聞き返してしまってから、ハッとして心の中で舌打ちをした。どうしたんだ、俺。さっきから警戒心が薄れている。そっとオニキスの顔を窺ったが、ノエルのそんな感情に気付いた様子はなかった。
「失礼ながら、その指環をお見せ頂けませんか。」
ノエルは今度こそ慎重に考え、決心して、ゆっくりと頷いた。
「本当はあんまり人に見せちゃいけない物なんだろうけど……。でも、あんたはこれを指環だって知ってた。本当に、俺の母さんのこと知ってるんだな。」
首にかけた細い革紐に指を絡めて、胸元の指環を引っ張り出す。青く透き通る宝石がシャンデリアの光を反射して煌めく。オニキスはノエルが首から紐を外そうとするのを止めて、そのまま指環を手に取って自らの顔を近付けた。
「どうやら、間違いないようです。ノエル様、これを渡された時の事、覚えていらっしゃいますか?」
「いや、よく覚えてない。ただ、夢に見たんだ。母さんが……これを渡して、ずっと持ってろって。必ず会えるから、強く生きろって……。」
声が詰まって、きゅっと唇を噛んだ。淡く哀しい、微かな記憶。本当に会えるんだろうか。
「夢、ですか……。」
オニキスはやや考え込む。そしてノエルの瞳をまっすぐに見つめると、優しく言った。
「だから、そんな格好をしていらっしゃるのですか?」
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