Ⅸ 偽りの理由
「だから、そんな格好をしていらっしゃるのですか?」
ノエルの顔が動揺にひきつる。
「な、何のことだよ。格好って……そりゃ、同じもんばっかり着てるから汚いかも知れないけどさ。」
「そんな事じゃありませんよ。解っていらっしゃるでしょう、それくらい。」
言い返したノエルの目が泳いでいるのを見て、オニキスは優しく微笑む。
「そして、俺などとおっしゃるのはお止め下さい。あなたには相応しくありません。」
「……。」
ノエルは黙って俯いた。やがて、蚊の鳴くような声でぽつりと尋ねる。
「どうして、判った? それとも、誰にでも見破られてたのかな……。」
「そのような事はないでしょう。私も、ノエルという名だけでは見過ごしていたでしょうから。そのくらいあなたは完璧に〈十五歳の少年〉でしたよ、ノエルお嬢様。」
ノエルはしばらく顔を上げなかった。ズボンの膝をぐっと握って、歯を食いしばっている。
やがて、不意に肩の力を抜いてソファの背もたれに身を投げ出した。
「あーあ、もう隠しても意味ないか。ほんとに全部知ってるんだな。」
その声がやや震えているのに、オニキスももちろん気付いていただろう。けれど彼は何も言わずにただ優しい目でノエルを見つめていた。ノエルは意味もなく天井を凝視したまま呟く。
「でも、俺はこうしてきた事が間違ってたとは思ってないよ。こうするしか無かったからな。」
「男の振りをし、ご自身を偽ってきた事、ですか? どうして……、」
「あんたには解らないさ。」
ノエルは吐き捨てるように言うと、身を起こしてオニキスをきっと睨み付けた。
「そうさ、あんたたちみたいに身分のある人間に、俺らの事なんか解かりゃしない。ただでさえ俺は家もなく、守ってくれる家族もない、無力な子供だ。そんな俺が女だとバレたら、間違いなくその日一日すら無事に終えられはしないだろうね。」
オニキスの瞳が驚きに見開かれる。息をのむ音も微かに聞こえた。ノエルは続ける。
「そういう世界なんだよ、俺が生きてきたのは。油断も隙もそのまま命取りさ。自分の身は自分で守るしかない。だから、強くなるしか……強がるしかなかったんだ。」
ノエルの瞳から、雫が一つこぼれ落ちた。一瞬遅れてそれが涙だと気付いて、ノエルは慌てて袖で顔をこする。けれど涙はどんどん溢れて止めようがなかった。声が詰まって喋れなくなった彼女の背を、オニキスが優しく撫でた。
「もう無理しなくていい、強がらなくていいんですよ。これからは、私達がお嬢様をお守りしますから……。」
その時、ドアが開く音がして、とっさに涙が止まった。
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