ケツ持ち
水円 岳
ケツ持ち
俺とウォルターはケツ持ちの傭兵だ。常に部隊の最後尾にいて奇襲や待ち伏せに気を配るが、進軍中には実質出番がない。俺たちが真価を発揮するのは退却時さ。敵の追尾を二人で阻止し、自軍の安全撤退をサポートする。俺たち二人がいる限り、部隊の総崩れは絶対にない。
だが、今回ばかりはあまりに分が悪かった。部隊の主力を撤退させることには成功したものの、俺たち自身が敵軍によって十重二十重に囲まれてしまった。
トーチカに身を沈めて、ウォルターに話しかける。
「やばい。今回ばかりは、俺たちも年貢の納め時かもな」
だが作戦担当のウォルターは、全く動じていない。
「何言ってんだ、ロブ。絶対脱出するって」
「おい、武器弾薬はおろか、水食料まですっからかんなんだぜ。ここだって弾を防げるようにはできてねえ。居場所が割れた途端に手榴弾一発でお陀仏だ」
「おめえもケツの穴がちいせえなあ。大丈夫だよ」
ウォルターの立てた作戦は、これまで一度も外れたことがない。そのウォルターが大丈夫だって言うんなら信じるしかねえ。
「おっと、ラスト五分か」
時間を確かめたウォルターが、どこかに衛星電話をかけた。
「おい、まだか? 場所は分かるだろ?」
「なっ!」
自ら敵軍に居場所を知らせるようなアクション。電話をかけることも、その通話内容もだ。俺が真っ青になっていたら、ウォルターにどつかれた。
「びびってんじゃねえよ。あとは高みの見物だ」
「は?」
「五分以内に必ず着く」
「おい、戦況が徹底的に不利だから主力を撤退させたんだぜ? 援軍が来るわけねえだろ!」
「援軍? そんな役に立たんもんは頼んでねえよ」
「じゃあ、何が来るっていうんだ!」
「すぐに分かるって」
ウォルターは警戒を強めるどころか、穴の底にごろりと横になって鼻をほじっている。
と。突然、爆音と機銃掃射の音が響き始めた。俺たちを取り囲んでいたはずの敵軍が、何者かから奇襲を受けて大混乱に陥っている。チャンスだ!
「おい、ウォルター! この機に乗じて!」
「だめだ。ここにいろ」
「なぜだっ? 最高の脱出機じゃないかっ!」
「だーめ」
なぜか俺を引き止めるウォルター。じりじりするが、ウォルターを置いてはいけない。時計を見ていたウォルターは、満足そうに頷いた。
「ぴったり時間通りに来そうだな」
「は?」
頭上に人の気配がして、反射的に顔を上げた。そこには重武装したピザ屋のあんちゃんが。
「マーシーピザっす。スペシャル二つお持ちしましたー」
「さすがだな。残り五分で完遂。時間ぴったりだ」
「遅れたら全部こっち持ちっすからー」
「はっはっは! 代金百万ドルは俺たちが生きて帰らんと支払えねえから、ケツ持ち頼むな」
「了解っす。配達完了証にサインお願いしまっす」
すいっとペンを動かしたウォルターが、すぐにピザの箱を開けた。
「ロブ、腹ごしらえしてすぐに帰るぜ。スペシャル単品だと、ビールが付いてねえんだ」
【 了 】
ケツ持ち 水円 岳 @mizomer
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