第3話
私は謎のトレンチコートおじさんに話しかけられ、怪しいので無視を決め込もうと思っていたのだけれど、突如ケースケが興奮しだしたので無視するわけにはいかなくなった。
「あの……もしかして、あなたはアブラハムさんではないですか? この学校のOBの!」
え、アブラハム? 外国人? でもOB? やっぱり日本人? 実はハーフとか? この謎のおじさんは学校にゆかりのある人物だったのか。こんなに見た目怪しいのに。
「やめろ、その名は封印した。だが、今限定で封印解除するのも悪くないな」
おじさんは帽子を脱いだ。すると、彼のM字に禿げた頭があらわになった。沢山蓄えられた
おじさんは私たちの方を向いて周囲の喧騒に負けない声で言い始めた。
「俺の名は
うさん臭さの塊。油の豚だから「アブラハム」なのかな。なんだかかわいそうなニックネームだ。背が高いので太っているようには見えないけれど、よく観察するとお腹が出てきている気がする。これが中年太りというやつ? お願いだからケースケ、こんな変なやつとあんまり絡まないでよ。もしかして、あなたまでおかしくなっちゃった?
「俺はもちろん知ってます。数々の難事件、怪事件を解決してこられたとか。あの
玉井輝美先生を研究する部、略して玉研部。在籍するすべての生徒が変人という謎の部。一体何をする部なのか。私は関わったことがないし関わりたくもなかったのだけれど、今話題に上がったせいで逆に変に興味が沸いてきた気さえする。怖いもの見たさで。っていうか玉井先生一体いくつなのだろう? 少なくともこの油谷とかいう中年のおじさんがいた頃からここで教師やってるってことだよね? 見た目で年齢わからないタイプだし、何考えてるのかもわかんないから研究したくなる気持ちもわかるけど。宇宙人を調べる的な意味で。ああ、何としてでもこの状況から抜け出す策を考えなければならないのに、これでは気が散ってしまう。っていうかケースケもおじさんに構ってないで考えるの協力してよ!
「ふっ、昔の話だ。ところでまた聞くが、困ってるようだな? 俺でよければ手を貸すぜ?」
アブラハムは何故か誇らしげだった。困ってはいるけど、正直変な人と関わると余計おかしくなりそうで、できれば手を貸してほしくないな。
「本当ですか! それは心強いです!」
私、ドン引き。一体このおじさんが何を知っているというの、ケースケ。私はまずそれが知りたい。
「まあ、飯食ったらまずは玉研に行こうや。玉研部の連中や玉井先生ならきっと力になってくれるだろうぜ」
ますます
「ねえ、ケースケ。本当に行くの?」
私は彼に耳打ちをした。流石に不安になったので、ケースケにはここから手を引いてほしかった。でも願いは通じず、それどころか彼は目を輝かせていた。
「いや、大丈夫だよ荻原。アブラハムさんや玉井先生ならきっと活路を見出してくれる」
ケースケ……。あなたの玉研への信頼感は一体何なの?
「うぴゅぃむぁんじょぷぅきむん」
「……は?」
全ての授業が終わった放課後にアブラハムを含めた三人で玉研の部室を訪ねたが、部屋を開けるなり男子部員に意味不明なことを言われて私は早くも帰りたくなった。何なのこの部活。そもそもこれ本当に正式な部活なの?
「ああ失礼、ついヌァンピァチャイィ語が出てしまいました。まあ、立ち話もなんですからどうぞお上がりください」
何その言語。聞いたことないし、そもそもどうやって発音するの、それ。やっぱりここは意味がわからない。
「ここの玉井先生はヌゥンポァチャイィ神の使徒で、
遠慮しときます。この神様、言われるたびに名前少しずつ変わってるんですけど。もう覚えられないからわかりやすく「ヌ神」とか呼ばせていただいていいかしら? っていうか、アブラハムもよく放課後まで待ってくれたね。暇なの?
私たちは部室に入った。部屋の中は雑然としていて、怪しげな本や写真、用途不明の謎アイテムが所狭しと置かれている。何故かカーテンを完全に締め切っており、光が入ってこず暗い。部屋の奥には祭壇のようなものが設置されている。中央にあるごく普通の勉強机と椅子が置かれているが、それが逆に浮いて見える異様さだ。流石玉研、ステレオタイプすぎるオカルト研究部のようで、期待を裏切らない。
さっきの男子部員が椅子と机に座るように勧めてきたので、私は遠慮なく座らせてもらった。他の二人も座った。さらにご丁寧にお茶菓子まで出してもらった。でもそれに何かおかしなものが入ってるのではないかと思い、警戒して手を付けなかった。
「玉研部さん、俺はあなた方にお願いがあってやってきました」
ケースケがそう切り出した。男子部員は彼の眼を見てこくりと頷いて、落ち着いた様子で言った。
「はい、わかっております。これまで見知った日常とは異なる日常が流れている状況についてですね」
流石普段から浮いているだけに、こんな状況であろうと冷静だ。彼らからしたら他の皆がようやく同じところまで浮いてきただけなのだろう。
「あ、はい。そうです。その原因をおたずねしたく思い、ここに来ました」
ケースケは真っ直ぐに男子部員を見据える。一方、アブラハムはあくびをして帽子の上から頭をぽりぽり掻いていた。そりゃこんな暑い日に暑そうな帽子被ってたら蒸れるでしょ普通。帽子脱ぎなよ、禿げ頭がバレるけど。
「そういや昔もあったな、こんなこと。これが玉研部設立の切っ掛けだったかもしれん」
アブラハムは懐かしむように言った。えっ、前にもあった? さらっと重要なこと言ったよ、このおじさん。玉研部はこの奇想天外な出来事を解決するために作られたのか。ということは、彼らの言うことを信じれば本当に元に戻れるのかな?
「やはり何か知っているのですね? 情報があれば教えていただけないでしょうか!」
ケースケはガタッと音を立てて椅子から半分立ち上がり、食い気味に聞いた。これまで私はこの部を腫れ物に触るように扱ってきたけど、脱出する手段が見つかりそうとなると話は別だ。期待せざるを得ない。
「随分昔のことだからよく覚えてねえけどな。だから玉研部、説明を頼むぜ」
アブラハム、まさかの説明パス。役に立たない男である。
「この件については玉井先生にお伺いした方がいいでしょう。今呼んでまいります」
パスをさらにパスすべく男子部員が立ち上がると、神経質そうに椅子を机の下に戻し、そしてゆっくりと出口まで行って出入口の扉を開けた。
彼はそのまま先生を呼びに行くのかと思いきや、彼は一瞬そこで立ち尽くす。何かあったのかな? と思って見てみると、彼の目の前に玉井先生が立っていた。
「あ、いらしていたのですか、玉井先生」
男子部員は言った。
私は玉井先生の授業は受けたことがなく接点もなかったので、遠目から見たことがある程度だった。パッと見いつも真顔で何を考えているのか読めない不思議な男という感じだけれど、実際はどうなのだろうか? 実は頼りになるのだろうか?
玉井先生はゆっくりと唇を動かし、衝撃的な一言を言い放った。
「ぴっ……ぴか……ち……」
あっ、ダメだ。頼れそうにない。私はそう直感した。私たちはポ〇モンと会話するためにここに来たわけではないのだ。
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