第2話
昼休み。私はまたバテて倒れそうだった。何もかもがおかしくなっていて、頭が変化についていけない。クラスの不良、
「大丈夫か、荻原」
私がだらだら机に伏せっているところに、低い声が響く。この声の主はケースケだ。ケースケは私が密かに想いを寄せている隣のクラスの男子。まだ彼氏彼女の関係でこそないけれど、小学校低学年の頃からの長い付き合いだ。普通に話せる間柄だし、LINEも交換していていつも連絡し合っているほど仲がいい。夏バテしているときも心配して連絡をくれるくらいだ。あとはどちらかが告白するだけという段階。だと思う。でも、そのあと一歩を踏み出す勇気がなかなか湧かないのだ。
「ケースケ、ありがとう。ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ」
私は頭を起こしてケースケの顔を見た。よかった、普通だ! もしケースケの顔が、たとえばロボットみたいになっていたらどうしようかと思った。彼までおかしくなっていたら私、生きていけない。
「本当か? そうは見えなかったけど。まあ、無茶はするなよ」
「はーい。でももし倒れたら、ケースケが保健室連れて行ってね」
「ばっ、そ、そういうのは何か誤解されるだろ。その、なんだ。付き合ってるとかなんとか、噂立てられるだろ。頼むならちゃんとした彼氏に頼めよ」
「だって私彼氏いないし。だからケースケに頼みたいの」
「か、からかうのはやめろ」
「あれー、ケースケ顔赤いなー」
「うるせー」
私たちはじゃれ合う。周りから見れば「もうお前ら付き合っちゃえよ」と思われるかもしれないが、重ねて言うがまだ付き合ってはいない。まあ、小学生からずっと同じ学校の幼馴染だからこそできる軽いノリだ。誰にでもこのように接するわけじゃない。そして、このノリもいつも通り変わらないものだった。
「そんなことより、お前昼飯食った?」
ケースケは話を切り上げ、別の話題を出す。これが本題のようだ。
「ううん、まだ」
「そっか、よかった。それじゃ、食堂で一緒に食わない?」
「ん、わかった。一緒に行こ」
私はニコッとして立ち上がった。ケースケもニコッと笑って、一緒に食堂へ向かった。
昼の食堂は当然のように混んでいる。この高校の食堂はランチがおいしいと評判で、よく利用していた。しかし、ここもおかしな状況で、どこか異様な空気だった。背中から鳥の翼のようなものが生えている人がいる。その人が動くたびに羽根が落ちたが、床に到達するなりスッと溶けるように消えた。見た目は普通でも、何やら意味の分からない奇声を発している人がいる。そしてそれを誰も
「荻原、食券買っ……」
「わっ!」
不意にケースケに話しかけられて、私はびっくりして飛びのいた。
「いや、そんなに驚かなくても。またボーっとしてたみたいだけど、やっぱり保健室行った方がいいんじゃないか?」
「あーいやいや、大丈夫だって、ほんとに。それはまたの機会にとっておくよ」
「とっておくって何だよ」
ケースケは笑った。
「大丈夫ならさっさと食券買ってこいよ。ただでさえいっぱい人並んでるんだから。食べてる途中で昼休み終わっちまうぞ」
「はーい、今買いに行きますー」
私は券売機の前に立ち、お金を入れた。ところどころに「へそラーメン」とか「カシカリー」とか妙な名前のメニューが混じっていたが、私が好きなジンギスカン定食はそのまま残っていたので、そのボタンを押した。券売機の口から食券が出てきた。食券には「神器・素寒帝食」などと印字されていた気がしたけど、見なかったことにした。
ケースケはラーメンを注文したようで、それぞれ受け取り口が違うので一旦分かれて座席で合流することにした。やはりいずれの受け取り口もそれなりに列ができており、受け取るまでに少し時間がかかった。このとき、私の前の人(というか顔が豚だったけど)の体臭がものすごくクサくて、あまりの臭いにずっと鼻をつまみながら並んでいた。やっと離れたと頃には鼻骨が少し歪んでしまった気がした。鼻が曲がるとはまさにこのことだ。
受け取った定食は普通のジンギスカン定食だったので内心ホッとした。相変わらずホカホカで、ジューシーで、おいしそうだ。でも、何故か一緒に土産物屋でよく売ってるキラキラした剣のようなキーホールダーがついてきた。タグがついており、そこには「神器・素寒」と書いてあった。
私はあらかじめ決めておいた窓際の席に向かった。そこには既にケースケが座っていて、ラーメンをすすっていた。
「ケースケー。私が来るまで食べるの待ったりしないのー?」
表面上不満そうに私は言う。実際のところ別にどうでもいいので、じゃれ合いの一環ではあるのだが。
「待ってたら麺伸びちまうだろ」
ケースケはラーメンを口に含んだままもごもごと言う。私はわざと困り顔を作ってから彼の右隣りの席についた。
私たち二人の会話はいったん途切れ、黙々と運んできたそれぞれの料理を黙々と食べ始めた。食堂のわいわいがやがやという
食べ終わる頃、ようやくゆっくりとケースケのほうから会話を始めた。まるで周りに聞かれたくない話のように声を潜めて言った。
「なあ荻原。今日、なんだか皆様子がおかしくないか?」
「えっ、ケースケも?」
私は彼の言葉にハッとした。おかしいと思っていたのは私だけじゃなかった。ケースケも同じ違和感を抱いていた。
「……やっぱり、そうだよな」
ケースケはそう呟くように言った。
「……おかしいよね、この状況。なんだか皆普通に馴染んでて、おかしいのは自分の方じゃないか、って思ってた。ただでさえ二日も休んでたから、その間に何か変わったのかもって思ってた。でも、そうじゃないのね?」
「ああ。昨日までは普通だったと思う。いくら何でもこんなに変わるなんてありえないよ。俺も朝学校来てびっくりしたんだ。とりあえずクラスの奴らにも聞いてみたんだが、まるで話が合わない。まるで俺の方が浮いてるみたいだった。どうせ皆おかしいことになってるから荻原も同じくおかしいだろうと思ったけれど……ダメ元でお前にも打ち明けてみたんだ。もしかしたら、と思って。一か八か言ってみてよかった」
彼はようやく仲間が見つかったという感じの安堵の表情を浮かべていた。私はなんだかんだで信頼されているんだ、ということが分かってちょっと嬉しく思ったが、変な状況下に置かれていることを思い出してすぐに気をそちらに向け直した。それから再び彼と会話を続ける。
「でも、どうしてこんなことに……? 私たち、普通に生活していただけなのよね? なんで私たちだけ平気なのかしら」
「わからない……でも、おかしいということだけはわかる。これから一緒に原因を探していこう」
「わかったわ。とはいっても、一体どうしたら……」
二人でそれからしばらく考えていたが、しかしなかなか良い案は見つからなかった。ここを抜け出さなければならないのに暗中模索で、気持ちだけが焦っていく。
そんなとき、突然私の右隣りの席に見知らぬ男がどかっと座った。身長が高く、中折れ帽を深々と被り、トレンチコートを着ているおじさんだ。帽子の下から覗く顔には
「よう。何悩んでんだい」
おじさんは話しかけてきた。おかしなものに囲まれた上、更に元々おかしそうな不審者のターゲットにされるとは、つくづく運の悪い女だ、私は。
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