第4話

                 ○ 

 数日後、友人の伊沢に会う事になった。伊沢とは高校から一緒で佐野とも仲が良い。佐野とは対照的であまり口数が多くは無いけれど、心に熱いものを秘めている男だ。時々由美さんとの事を話していた。


 伊沢に指定された喫茶店へ入った。奥の席に、伊沢が待っていた。

 そういえば伊沢は以前、自分から誘った時は、相手より早く待ち合わせ場所に着くようにしていると云ってたっけ。伊沢はこういう細かい気遣いが出来る奴なんだよなぁ。何気に顔もイケメンだし。


「喫茶店で会うのって珍しいな、僕たち」思った事をそのまま口にした。伊沢は少し微笑んで「注文しよう」と云った。

 僕はアイスコーヒー、伊沢はホットコーヒーを注文した。

 暫くして、二つのコーヒーが運ばれてきた。そういえば美術館のカフェに行った時、由美さんもホットドリンクを頼んでいた。真夏なのに珍しいと思った。カフェはクーラーが効いているからホットが丁度良いって云ってたっけ。


 僕はガムシロップを入れてストローで氷をつつくようにコーヒーと混ぜた。老舗の喫茶店は、やはり美味しい。コーヒーで作った氷が入っているのも嬉しい。小さな感動をしていたら、伊沢が自分のコーヒーに手をつけないでいる事に気付いた。冷めるのを待っているのかな、さすがに真夏だからな。少し間を置いて、伊沢が喋り出した。


「実は……涼介の話を聞いて由美さんを見ている内に、由美さんが気になってきた」僕は驚きのあまり動きが止まってしまった。


 伊沢が? 由美さんに好意を? 伊沢はイベント会場で由美さんとは会ったら挨拶する程度で、そんなに話している所を見た記憶が無い。たまに山谷さんを含めた複数の人でトークしていた事はあるかもしれないが。

 第一伊沢は普段からあまり感情を表に出さない奴だ。いつからだろう。伊沢には由美さんとの美術館デートの話もした。どんな気持ちで聞いていたのだろう。色んな感情が頭の中を巡った。


「きっかけは、好きな小説が同じだったんだ」伊沢はぽつりと云った。

 周りであまり本を読んでいる人がいない事もあり、由美さんと小説の話で盛り上がったらしい。その後も由美さんを見かけると、仕草や行動が上品で「いいな」と思っていたらしい。そして僕の話を聞いて由美さんがどういう人か解っていき、理想に近いのか想いが強くなっていったらしい。

 伊沢はうつむいたままだった。正直に話す事、これが伊沢の誠意だと思った。


「僕の由美さんへの始まりの理由は【彼女が欲しい】だった。由美さんに彼氏がいないと知って、アタックしようと決めた」伊沢の誠意に対して、僕も正直に話すべきだと思った。


 僕は【由美さん】ではなく、【彼氏がいない美女】というフィルターを通して由美さんを見ていた。伊沢は自分の意思で由美さん本人を好きになったんだ。僕の事は気にするな、という本心からの言葉が出てきた。

 大体僕は、由美さんに「信用できない」と云われたのでフラれたも同然だ。そう云ったら伊沢は苦笑しつつも少しホッとしたような微妙な表情をしていた。そりゃそうだ。


 過去伊沢に由美さんとの事を話していた時、伊沢は本気で僕の事を考えてくれていた。次は僕がお返しをする番だろう。自分が嫌な奴にならなくて良かった。寡黙な伊沢が見つけた恋、実ってほしい。

 伊沢へのアドバイスというか僕の失敗談を話しておいた。由美さん以外の女子に馴れ馴れしくしない方がいいかも……と云ってから気づいたが、恐らくそれは杞憂だ。


 余談だが、先日親しげに話していた小林君と由美さんは、ただの「歌い手と聴く人」な関係らしい。小林君の恋人の話などをしているようだ。気になった伊沢がリサーチしておいてくれたらしい。どこまでも出来る男だ。


 伊沢に「由美さんと、つきあいたい?」と聞いてみた。

「つきあいたいっていうか……もっと話してみたいし、由美さんの事をもっと知りたい」

 伊沢のまっすぐな感情に、同性ながらくらくらしそうだ。


 そういえば僕は由美さんの事を知りたい、って思っていなかったな。ただ、どうやったら振り向いてもらえるかなって自分主体の結果だけを気にしていた。

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