第2話

 お酒が回って程よく酔いモードになった時、由美さんに声を掛けた。

「由美さん、飲んでますか~」ハイネケン片手に笑顔で近づいた。

「飲んでないわ、車で来てるから」由美さんは軽く微笑んで答えた。

 まじか、車で来てるのか。知らなかった。由美さんはここから車で一時間程の隣の市に住んでいるらしい。バンドや演劇など色々な事に興味があるらしく、このイベントは重宝すると云っていた。しかし僕のバンドは、興味が無いらしい。はっきりしている所も良いなー。


 会話から察するに、由美さんは文化的なものが好きそうだ。僕は春に行った桜まつりの話をしてみた。地元の人しか知らないような穴場スポットの写真を見せた。近くの神社の話も少しした。一緒に行った友達から聞いてかじった程度の知識だったけれど。

 アイフォンに保存してある写真を見せる時、ちょっと距離が近くなる。由美さんから良い香りがする。

 女子が好きそうな写真を普段から撮っておいて良かった……。こんな時の為に、僕は興味の無いスイーツやら景色やらをパシャパシャしておいた。報われたよ。

 

 写真を見た由美さんは「よく知ってるね」とか「美味しそう」と微笑みながら云った。

 これは、脈ありか? 後に友人に「スルーされている」と云われたが勘違いだろう。

 数年前にこの近くに建てられた美術館の話になった。今展示中の企画展へ、由美さんが行きたいと云ったのですかさず「僕もです、一緒に行きませんか」と云った。僕も行きたいという気持ちは半分本当だ。

 由美さんは承諾してくれた。これは……デートになるのか? いきなり? 僕の胸は高鳴る。テンションが上がる。連絡先を交換した。


                 ○


 早速佐野に報告する。由美さんと美術館に行く事になったいきさつを。佐野はあごが外れるんじゃないかと思う程に口を開いて驚いていた。信じられない! お前があの由美さんと! など色々罵声を浴びせた後「せっかくのチャンスだ、成功を祈っている」と云ってくれた。

 その日は朝方まで佐野と『女子とのデート』について色々意見を出し合っていた。


                 ○


 学生が夏休みに入って二週間程した頃、由美さんとのデートの日を迎えた。現地集合という事で、美術館の入り口に向かった。由美さんが先に来ていた。しまった、僕は朝に弱い。女子を待たせるなんて……スタート地点で減点だ。しかしこれが尾を引いたら駄目だ、僕は気持ちを切り替えて由美さんに声を掛ける。


「遅れてしまってすいません! 自分、朝に弱くて……」言い訳するよりはマシだろうと思い、本音を云った。

「大丈夫よ、私が早く着きすぎただけ」由美さんは優しかった。普段ライブハウスの薄暗い照明の中でしか会った事の無い人と、太陽の光の中で会うのは新鮮だった。

 明るい中、間近で由美さんの顔を拝見する。透き通るような肌にほんのりピンクの頬。黒くて長いまつ毛が少し億劫そうに上下する。凝視してしまった。しまった、気持ち悪いだろう、僕。

「行こうか」由美さんが爽やかに笑顔で云う。


 由美さんの提案で、各々が自由に展示を見て、出口で待ち合わせとしようという事になった。僕は一緒に見ながら感想を云い合いたいけれど、由美さんは一人で鑑賞するアーティストタイプ……。少し切ないけれども今日を愉しもう。この後カフェでお茶して感想を語り合うという体で急接近するんだ。その為にもしっかり作品を見ておかないと。


 この企画展は、花や少女、スイーツなどテーマに沿った作品の展示だった。絵画や写真や3Dなど、作者の自由な発想で色々な形で制作されていた。


 花をテーマにした作品が並んでいるコーナーで由美さんを見かけた。一枚の絵画をじっと見つめていた。声を掛けられる雰囲気では無かった。由美さんが見ていた絵画は、画用紙一面にひとつの花が描かれていた作品だった。花びらが何層にも重なり、ほぼ花びらの印象だった。恐らく作者の想像の花だと思う。


 僕の方が先に展示を見終わった。出口では展示関連の商品が並んでいた。少ししたら由美さんが来た。全ての作品を見終わり夢見心地のような表情をしていた。感受性の豊かな人なんだろうな、と一人で胸が熱くなった。


 美術館に併設されているカフェでお茶をした。展示品について感想を云い合ったり、僕の話をした。由美さんの事を褒めたり、気づくか気づかないか位の自己アピールをした。

 由美さんはいつも通り微笑んだり時には驚いた顔をしたり、興奮して早口で喋ったり、意外に感情表現が豊かな人なんだと思った。こんな風に、イベント会場以外で由美さんと過ごす人なんて、いたのかな? 僕は聞いた事は無い。これは……良い感じじゃないか?


「良かったら今度、映画に行きませんか? 由美さんの好きな小説が映画になりますよね、僕も見たいと思っていたので」思い切って誘ってみた。

「うん、行こう」由美さんは爽やかな笑顔で云った。これは……やっぱり脈ありかっ?

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