5. 少年の見た「少女」の正体

文明が滅びたのは、自然災害が原因と考えられている。遺跡が栄えていた年代と同じ地層に、海水面が一時的に大きく上昇した痕跡が見つかった。また、少し離れた場所では大規模な火山活動があったことも分かっている。噴火の規模と地形から、これらの自然災害が大潮と重なると、海水面が遺跡全体を飲み込むレベルにまで上昇する可能性があることが分かった。

大潮の時期と言えば、生贄の巫女達は月神の生誕、或いは婚礼の儀式を執り行っていたかも知れない。自分達の生涯を捧げた正にその月が、守るべき街や人々の暮らしを根こそぎ奪って行ったというのは何とも皮肉な話である。

その後、生き残った者達は故郷を捨て、より奥地へと逃れていったようだ。海水によって塩を含んでしまった土地では、人口を賄えるだけの収穫が得られなかったのだろう。件の少年の出自も、これら難民が根を下ろした村のうちのどれかだろうと推測される。


ところで、この災害のもう一つの悲劇は、正室の生贄が塔の頂に取り残されてしまったことだ。海水面が上昇した際、神殿の大部分は飲まれ、人々は波にさらわれてしまった。だが正室の住まう塔の頂は神殿の中で最も高い場所にあったため、この難を逃れることができたようなのである。

しかし正室の部屋は、外から神官が扉を開け閉めしなければ出入りすることが出来ない作りになっていた。そして彼女を救うべき神官達は、恐らく波に飲まれてしまったのだろう。塔の頂にあるベッドから、少女のミイラが発見されている。少年は最後まで気づかなかったようだが、彼があの部屋で夢から醒めたとき、傍には少女の亡骸が横たわっていたのだ。考古学者らが最新の機器を用いてミイラを調べた際、彼女の胃や腸内は完全に空だったという。

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