第10話好きになったか

 夜、家に帰ってお風呂も済ませ、ベッドに入ろうとすると、電話が鳴った。スマホを見ると、なんとRoiからだった。実はSakuとの電話の際、Sakuに「Yunも会いたがってる」と言われ、Roiは「今夜電話するよ」と言ったのだった。SakuはそれをYunに言わずに、早く帰って電源入れとけ、と言ったのである。

 Yunは胸がそれこそズキューンとして、鳴っているスマホを手にバタバタと走り回ったけれど、意を決して電話に出た。

「もしもし?」

「Yun?」

ああ、Roiの声だ。

「Roi?久しぶり。」

「Yun、お前ダンス上手くなったなあ。それに、少し痩せたんじゃないか?」

「え?なんで?」

「ネットの動画で見てるよ。あ、動画と言えば。お前、LKBOYSのメンバーにくっつき過ぎだろ!しかも、Soyaのほっぺにチューなんかして!こら!」

「えー、なんでRoiが怒るの?Roiは僕の恋人なの?」

つい、冗談めかしてYunがそう言うと、

「違うのか?」

冗談っぽくRoiが言う。

「恋人だったら、2カ月も電話をくれないってどういうこと?」

すねた振りをして言ってみる。

「あ・・・。いや、ごめん。お前も忙しいかなと思って。」

真意が読めない。

「Roiはドラマの撮影、順調?相変わらずかっこよくラブシーンやってるねえ。そういえばさ・・・Roiは相手役の女優さんの事、好きになった?」

Yunは、声が震えないように気を付けて、努めて明るくそう尋ねた。つい、聞いてしまった。

「・・・好きになって、ない。今の監督は相手役を好きになれ、なんて言わないし、それに・・・。」

「それに?」

「女の子は、好きになってもらうのは簡単だから。」

Yunは、最初にRoiがYunの事を「好き」な演技をしたことを思い出した。演技でも十分「好き」な風に見えるし、Roiに「好き」な演技をされたら、女の子なら一瞬でRoiを好きになってしまうに違いない。

「そしたら、Roiはドラマをやる度に女の子に愛されて大変だね。」

「ドラマが終わると、いや、撮影以外では仲良くしないんだ。思わせぶりな態度はとらないようにしてる。」

「へえ・・・。」

Yunは撮影中の様子を思い出した。確かに、Roiはあまり女優さんたちとは仲良くしなかった。モテる男は気を遣う必要があるのだろう。つまり、ラブシーンをしても、仲良くしてもらえているのは自分くらいなものなのか、と思った。それは良い方に考えていいのか、それとも・・・。

「ねえ、僕は、Roiを好きになったと思う?」

「・・・。」

Roiは絶句した。それで、Yunはしまった!と思った。核心に触れずにいた、知りたくても怖くて聞けなかった事。そのいわばパンドラの箱のリボンを今、目の前でほどいてしまったのではないか。

「お前、すごい事聞くなあ。」

「あ、いい。何でもない。聞かなかったことにして!」

Roiは、ずっと確かめたかった。初日から、Yunの気持ちは読めない。Roiは男とのちょっとしたラブシーンも演じたことがある。男でも女でも、ちょっと色目を使えば気を引く事ができる。Roiに気がある相手は、デレっとしたりニヤっとしたり、とにかく自分に気がある事は目つきや態度で分かるものだ。しかし、Yunは誰にでも天使のような笑顔を振りまき、Roiの事をまっすぐな目で見る。ファンの前でRoiがYunの肩を抱いたり頭を撫でたりした時は、Yunは嬉しそうにしていたけれど、それが演技でないとどうして言える?

「お前は分かりにくいんだよ。」

「え、そう?」

Roiの言葉は、Yunにとって意外だった。分かりやすい、と言われる事の方が多かったので。Roiは分かっていると思っていた。自分の気持ちを。

 Roiは迷った。「俺のこと、好きになった?」と聞いてしまうべきか。もし、答えがNOだったら・・・。だが、それならそれでいいはずだ。Yunの為に、距離を置こうとしてきた。まだ若い、未成年のYunに、いつまでも自分がくっ付いていてはいけないと考えた。真っ当に生きていけるはずなのに。けれど、YunはSoyaやGenにベタベタくっついて、Roiにやきもちを焼かせる。真っ当に生きていくどころか、どんどん悪い方へ行っているのではないか。

「Yun、お前は、俺の事・・・。」

Yunは焦った。言うべきか否か、好きと言ったら、Roiは何て言うのか。そこへ、

「次のシーン、お願いしまーす!」

という声が聞こえた。

「あ、ごめん。まだ撮影中なんだ。また電話するから。じゃな。」

Roiは唐突に電話を切ってしまった。Yunはしばらく電話を耳につけたまま、ポカンとしていた。そして、

「好きになったよ、Roi。今も、大好きだよ。」

と、ツーツーという音を立てる電話に向かってそう言った。


 翌日、仕事先へYunが現れると、Sakuが早速寄ってきた。

「Yun、夕べはどうだった?Roiから電話あったか?」

「Saku兄、おはよう。電話あったよ。」

Yunは笑いが抑えられない。確かに、電話で話せたのは嬉しかった。

「Saku兄のおかげだよ、ありがとう!」

と言って、YunはSakuに抱き着いた。

「おいおい、ずいぶんご機嫌だな。」

Yunは、ちょっと切ない想いもしたけれど、少なくとも、共演してる女優さんの事は好きになっていないとRoiが言っていたのだ。それは嬉しい事だった。

「Roiがね、僕は分かりにくいって言ってた。」

「え?Yunが分かりにくい?分かりやすいだろ、普通に。」

「だよね。いつも分かりやすいって言われるから、意外だった。」

Sakuは、Roiもそうとう分かりやすいけどな、と思った。お互い、恋は盲目ってやつか?


 Roiは、Yunとの電話を思い出していた。Yunが自分の事を好きになっていたのかどうか、それを考えると、最終的にあのキスシーンにたどり着く。キスをする時のYunの表情が忘れられない。明るい表情ではなく、切ない、もの悲しい顔をしていた。監督からの指示があったわけではないのだ。緊張していたからかもしれない。けれど、悲しかったのではないか?と勘ぐってしまう。男と、自分とキスするのが本当はすごく嫌だったのではないか、と。だが一方では、あの表情がもう一度見たいとも思ってしまう。後にも先にもYunのあんな顔は他に見た事がない。もし、もう一度キスをしたらどんな顔をするのだろう。演技ではなく、二人きりでキスをしたら?本気で殴られたりして?泣かれたりして?もっと嬉しそうな顔をしたりして?

 また電話する、と言って電話を切ったけれど、次に電話をしたら、今度こそ何か言わなければならない気がして、どうしても躊躇してしまう。ああでも、こうしている間にもYunは誰かとべったりくっついているかもしれない。誰にも渡したくない。ずっと自分のものであって欲しい。けれど多分それは無理だ。後で失うくらいなら、手に入れない方がいい。Roiは唇を噛んでそう自分に言い聞かせた。

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