第4話 人の気持ちを考えろ

 私は幽霊から届いたメールの履歴を確認する。メールアドレスはこの携帯のものだ。もちろん、Fの話の途中、私は携帯に一切触っていない。それに自分で自分に向けてメールを打つような暇なことを、私はそもそもしない。


 だが、この編集部にいると起こるのだ。触ってもいないのに勝手にメールが届くことが。


 私はそれを幽霊からのメールと勝手に呼んでいた。


●幽霊からのメール 一通目


「気をつけろ

 そいつはお前にも

 呪いをかけようとしている」


●幽霊からのメール 二通目


「その男は嘘を言っている。

 その男は性同一性障害じゃない

 女装趣味でもない」


 ・・・ん? 違うのか? 


 私の推理はこうだった。


 Fの怪談は全てF自身の出自の話だ。Fはおそらく、地元の有力者の息子だ。そして、性同一障害か、家庭環境のストレスから来るものか、その本当の原因はわからないが、Fは元々女装の性癖を持っていたのだ。


 幼少のFは女装して地元のカラオケ大会に出場し、否定され、そこで、社会的に抹殺されてしまった。


 女装の姿(きっと美少女だったに違いない)を見た父親に、男だったらそんな格好をするんじゃないとか、こんなやつは私の息子じゃないとか、そんな感じで、否定されたのではないだろうか。


 地方の小さな町でこんな事件が起これば、町民全員が知らぬ、存ぜす、「見えず」になってしまうのはありうる。これがFの言うところの呪いだ。Fは現代でも存在する呪いによって存在を消された。確かに、この呪いは対象が多ければ多いほど強力になる。その後の生活で、公私に渡ってFは「いないもの」として扱われたに違いない。


 Fが今、消えましょうか? と言ったのは、このことをカミングアウトして、女性のFを消す(男性のFになる)という意味なのだろう。つまり、自傷行為だ。今更ながら、Fの黒尽くめの服装の意味がわかった。おそらく、Fの体にはたくさんの傷がある。


 おそらく、この推理は間違っていない。・・・間違っていないはずなのだが。


 幽霊から新しいメールが来た。


「ダメ。全然。0点。

 だからお前はだめなんだ。

 人の気持ちを考えろ。ばか」


 幽霊にさらにダメ出しをもらってしまった。


 人の気持ちを考えろ? 女装は気持ちの問題なのだろうか?


 女装は人の先天的な性質だ。変えようとして変えられるものじゃあない。Fの問題はこの領域の話だ。違うのだろうか。


 対して気持ちは主観的で刹那的な性質だ。多少頑固なところがあろうとも、かなり真面目な性格の部類に入るFの気持ちを考えろというのは、どういうことなのだろうか。


 ・・・気持ちの問題? 私はその時、ふと別の可能性に思い至った。思い立ってしまった。


 もしかして、これは、もっと簡単な話なんじゃないだろうか。


 私はこの考えに至り、背筋が一気に寒くなった。


 怖くなった。猛烈に怖い。確かにこれは怪談だ。


 もしかしたら、Fは性同一性障害ではないのかもしれない。女装の趣味があった訳でもないかもしれない。いや、今回の話には「そういう性癖の問題は全く関係なかった」のかもしれない。


 Fは目覚めてしまったのではないか? 何に? 私の中のFのイメージがガラガラと音を立てて崩れ始めた。


 おそらく。


 Fは、羞恥プレイに目覚めてしまったのだ。


 つまり、ここから導き出される結論としては。


 ここで。編集部の衆目の前で。


 そうか。呪いとはこのことだったのだ。Fは私にも呪いをかけようとしている。特大のやつを。


 再び、メールが届いた。見たくないが見ずにはいられない。そこにはたった一言。


「おめでとう」


 とあった。私は小さな悲鳴を上げた。


 私が視線をFに戻すと・・・。


 Fは既に服を脱ぎ始めており・・・


「ミムジー様、私・・・」


 そう、つぶやいて、Fは黒い上着を脱ぎ捨てた。


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