第3話 Fに何が起こったか

「その町は北陸の山間にある小さな町です。目立った産業もなく、観光資源もありません。コンビニは1件だけ。人口の流出は止まらず、子供はどんどん減っています。」


 えらく話が唐突に始まるな。その時、私はそう思った。ちなみに、Fの怪談が始まった時、不夜城の編集部には何人も人が出入りしていたが、その話を直接聞いていたのは私一人だった。


「ですので、逆に子供はその町では目立ちました。共同体がまだ残っていて、娯楽の少ない地方の町では、どこの家で子供が生まれたとか、どの家の子はどういう性格だとか、どこの家とどこの家が仲が良い悪いとかはですね。日々の暮らしの仲で欠かせない話題です。そこで事件が起こるんです。その町で、ある日突然、男の子が一人消えるんです。」


 編集の仕事をしていると、どうしても話のオチを先に予想したくなる。


 Fはまず、呪いの話をした。つまり、これは呪いが原因なのだ。呪いで人が消える話・・・。


 でも呪いで人が消えるものだろうか? 呪いで人が死ぬのはわかる。京極夏彦の小説で読んだことがあるが、呪いは共同体がある世界においてきちんと機能する。でも、呪いはルールとしては、人の為せる業の範囲を越えることは無いと思うのだが。


「その日は町の祭りの日でした。その町では8月に入ってすぐに、山車をひく祭りがあるんです。この祭りは数百年続いたことになっていますが、実際には明治の頃に鉄鋼で身を興した地元の名士が、他の地方の祭りを真似て、立ち上げたものなんだそうです。」


 祭りを他所から輸入したということだろうか。たしかに、現在でも高知のよさこい祭りや、青森のねぶた祭り、京都の祇園祭を模した祭りはたくさん開催されている。明治の頃にそういうことがあっても別段不思議ではない。


「その祭りでは毎年カラオケ大会が催されていました。老人と子供が歌って、町内会で指名された審査員が審査をするだけの、簡単な余興にすぎませんでした。ところが、そこである男の子が歌い終わると、その子はこの世から消えてしまったんです。」


「はい?」


 私は思わず声を上げた。伏線もなにもない。編集者としてはダメ出しをせざるを得ない。


「あの。その子が心臓麻痺で亡くなったとかそういう話ですか?」


「残念ながら違います。消えたんです。消失したんです。衆目の前から。」


「ちょっと待って。よくわからない。なんで消えるんです? 実はその歌が、歌った人が消える呪いの歌だったとかですか?」


「その時歌った歌は、当時流行っていたアイドルソングでしたよ。それに元々、怪談にはオチなんてものはないんです。怪異に理由も結末も無いんです。ただ、悪意が通りすぎるだけ。」


「はぁ・・・」


 Fは今、「その時歌った」と言った。つまり、この話はFのことなのだ。そうすると、一つの仮説が出来上がるが・・・。


「それは誘拐か事故の話ですか?」


「そういう話じゃないです。大勢の人の前で、子供がすうっと消えたんです。」


「幽霊のように?」


「良い喩えですね。その町である行事が行われていて、そのイベント会場にいた子供が、皆の見ている前で消えたんです。幽霊のように。」


「それ、本当の話なんですか?」


「本当の話です。だって、消えた子供は、この私ですから。よかったら、もう一度消えてみましょうか?」


 ひた、と私を見つめるFの瞳は、釘で打ち付けたかのように微動だにしない。そうか、そういうことだったのだ。


この話は最後までさせてはまずい。


「まだ、わかりませんか?」


 早速、死刑宣告が来た。このままでは私が理由でFは本当に消えてしまう。Fに仕事仲間以上の関係性は無いが、Fが失われる引き金を自分が引くのはちょっといただけない。この場はなんとかごまかして乗り切るしかない。私は磨いてきた編集のスキルのひとつ、「なんとかごまかして場を収める」をフル回転させたが、Fが放つ雰囲気に萎縮してしまって声が出ない。


「つまり、その・・・」


 答えはわかった。わかったが、それを言ったらFは消える。言わなくてもFは自分で答えを自傷的に言うだろう。つまり、これがFの報復なのだ。


 正直に言うとルックスの良いFのことは私も「異性として」多少気になっていたのだが、こんなことになるとは・・・。


「言ってもいいですか? 答えを?」


 Fの最終宣告を、私の携帯が再び振動し、遮った。


 私は話の腰が折られたことに安堵しながら携帯を取り、届いたメールの内容を確認する。


「その男は嘘を言っている」


 メールにはそう、書かれていた。


 そのメールは、この編集部に居着いている幽霊からのものだった。

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