第2話 幽霊と出会う


 幽霊と出会ったころ、私はサブ・カルチャー系の書籍編集業務をしていた。いわゆるオタク系の書籍を作る仕事である。


 今でこそ書店では最終戦争のラッパが鳴り響いているが、私が書籍編集の仕事をしていた頃、漫画、アニメ、ゲーム、その他のサブカル系ジャンルの書籍の業界はまだ活気が残っていて、開拓されていないコアジャンルを血眼になって探していた。よりコアに。より差別的に。


 私の担当は、ゲームの攻略本だった。今ではネットの攻略サイトにその座を完全に奪われてしまったコンシューマーゲームの攻略本。私がやっていた頃は、業界に斜陽が差し始めていたのだが、それでも、普通に初刷で万の単位がまだ見えていた。


 ゲームの攻略本を作るのは簡単で、ゲームの開発会社から資料をもらい、その資料をテストプレイで検証し、文字と写真を使って見やすくデザインするだけ。編集は自分で書くわけではないし、デザインを組むわけでもないので、コツさえつかめば中学生でもできる。


 ただ問題は、そうは問屋がおろさないという不測の事態とどう折り合いを付けるかで、そこで編集の力量が問われた。


「制作期間」と「納期」という絶対に相容れない二つは、時に悟空とフリーザのように衝突し、爆発し、現場に甚大な被害を撒き散らす。それを未然に防ぐのが編集の仕事で、それには経験と適正が必要だった。


 私はそんな鉄火場の案件を、当時何件も持っていて、地雷原の上でテニスのラリーをこなすように仕事をこなしていた。


 そんな中、私は幽霊と出会い、仕事を手伝ってもらっていた。


 そのライターの名前はFとしておこうと思う。Fは瓜実顔で目が鋭く、いわゆる狐顔の美人であった。


 Fは編集部に来る時、常に真っ黒なゴスロリ服を身にまとっていた。体型はゴスロリ服を装甲のように身にまとっていたので良くわからない。おそらく痩せ型だったように思う。腰まである長髪は先端でまとめられ、真っ黒な衣装と同化し、まるで影が浮き上がって歩いているかのようだった。。


 いや、あれはゴスロリではなく、正確には他のファッションなのかもしれない。私はファッションの造詣が浅いので、Fの衣装のジャンル分けが間違っていたら申し訳ない。とにかく、ひらひらでゴテゴテで黒い衣装と、演出された場違い感を身にまとって、毎回Fは編集部に降臨していた


「ミムジー様。お原稿をお持ちしました。」


(※ここからは話をわかりやすくするために、私のことはミムジーと呼称することにする)


 Fとミムジーこと「私」の仕事のやり取りは、基本メールベースだったが、Fは校正紙の届けは必ず自分の手で持ってきた。そして、必要以上のことは決して口にせず帰ってゆくのが常だった。こんな奇矯な格好の人間が会社に来て大丈夫なのか? と思われるかもしれないが、そもそもFはサブカルのほうの編集部に出入りしているライターで、通称”サブカル島"にはもっとすごい人間がいたので、編集部の中では普通の人種だった。


 それに、Fは外見は強烈だったけれども、その所作はとても綺麗だった。そういうキャラ付けなだけだったのかもしれないが、常に背筋をすっと延ばし、独特のテンポで歩き、控えめに相手を立てるように話した。まさに、良家の子女という感じだった。上げてきたネームは丁寧すぎて逆に修正が必要なくらいだった。


 見た目以外は・・・いや、ある意味では、見た目も含めてパーフェクトで、編集部にファンクラブが存在するほどのFだったが、残念ながら仕事をしていると、その人間性にひび割れが見え隠れすることがあった。


 例えば、Fは自分の意見を持っていないまっさらな状況では人の指示を聞き容れるのだが、一度自分の方針を作ってしまうと、それを修正することができなかった。特に、一度作った文章は、Fが納得する理由がなければ修正が許されなかった。


 本を作っていると、文章としては正しいのだが、本の中の1パーツとしては適当ではないというシチュエーションが発生する。その度に私はFが納得するための言い訳を探さなくてはならなかった。


「かしこまりました。」


 Fは決して修正をしなかった。Fが出すのは許可だった。私のものではなくなるが、それは一向にかまわないという許可。これは編集サイドとしては、一緒に仕事をするのに非常に困るスタンスだったのだが、Fはスケジュールをきっちり守るという、物書きにとって何にも代えがたい特性を持っていたので、私はFを重宝した。編集にとって締切を守るライターはエスパーよりも貴重だ。


「ミムジー様は怪談、好きですか?」


その時のFの声には、明らかに怒気が含まれていた。


 この日、私は編集部でF、Fを私に紹介したライター、そして今回の話に全く関係ないライターの計4人で、空白だらけの校正紙に、当たり障りの無い(ゲームの開発元に確認の必要の無い)文章を書き込み、本を完成させる作業を行った。


 その日は終電までに作業を終わらせる予定だったが、比較的早く終わった。だが、この早く終わりそうな時間的余裕が問題を引き起こした。私は余計なことをしてしまったのだ。いつもなら、そのまま通すFの文章を、私はFに相談せず文章の統一性を取るために修正してしまった。しかも、それがうかつにもその場で露呈した。


 Fは私の言い訳を一通り聞き終えると、胸の痛みに耐えるような表情でしばらくうつむいていたが、「なにか」を消化し終えると、私の机の隣に姿勢正しく座り、突如、怪談を始めたのだ。


「わたくしは怪談、嫌いなんですけど。こんな話があるんです。」


 嫌いならわざわざする必要はないのでは? と私は思ったのだが、もちろん私は飲み込んだ。


「ミムジー様、呪いって対象が増えると、その効果は弱くなるか、強くなるか、どっちだと思います?」


 怪談なのか呪いなのか、どっちなのだと思ったが、これも飲み込んだ。おそらくFにとっては、大ジャンル・怪談の中に小ジャンル・呪いがあるのだろう。私は素直に一般論を述べた。


「普通に考えて、弱まるんじゃないんですかね。私は呪いに詳しくないですけど、呪いは念的なものを相手に送ることですから、対象が増えればその分、効力が減るのは当たり前のような気がしますが。」


「実際はそうじゃないです。呪いは、対象が増えれば増えるほどその力は強くなります。それでは話を始めましょう。ついてきてください」


 その時、私の携帯が振動したが(その頃はまだスマートフォンは無かった)、私は無視をした。



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