第3話 転

「え?」


 僕は思わず声をあげた。

 艶やかな黒髪のポニーテール。僕よりも少しだけ低い身長。

 目の前に、生きている彼女がいるのだ。


__さっきのは白昼夢か?


 わけが分からずに彼女の手を取り、まじまじと見つめる。


「……どうしたの?」

 怪訝な顔をした千咲が、僕にいう。


「あ!ごめん!」

 僕はハッとして手を離した。


「そう。」


 千咲は短くそう言うと、さらに言葉を重ねる。


「あのね。結人に、どうしても話したいことがあるの。」

「?!」


 顔が一瞬、引きつるのを感じた。

 白昼夢と、あの、悪夢と同じだ。汗が一滴、頬を伝う。


「じゃあ、とりあえずあのカフェにでもよる?」


 口が動く。

 千咲は少しだけ眉を寄せてから、首を縦にふった。


 物語は、まるで歯車を掛け違えてしまったかのように、まるで運命の神様が気まぐれを与えたかのように、まるで悪魔が悲劇を楽しもうとしたかのように、残酷に、確実に、歪に、動いていった。




「だから、別れて。私と。」


 この言葉を聞くのは、一体何回目なのだろうか。

 何度も聞けば、慣れるはずだ。けれども、千咲彼女から言われるというその事実が、何度も、何回も、僕の心を抉る様に痛めつける。


「どう、して?」


 情けない声が出てくる。


「……ズレているの。あなたは。」


 このカフェで、この時間、僕は彼女にフラれる。


 彼女が死ぬうんめいことを防ぐあらがうために、場所や言葉や時間を変えて何度も何度も行動した。__けれど。


 プラスチック製の椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がる千咲。千咲の手を握ってそれを阻止する僕。


「離して。」

 千咲は冷たい目で僕のことを睨みつける。


「嫌だ。」

 もう、君が死ぬのを見ていたくない。

 

「触らないで。」

 さらに冷たい目で、声で、僕のことを威嚇する。


「あの___」


 何か言葉をかけようとした、その時。


 凄まじい悲鳴がカフェに響く。

 千咲はハッとしたように僕のことを突き飛ばし、僕は間抜けな声を出して尻餅を着く。


「死ねええええええええええええ!!!!」


 拳銃を持った男の絶叫。そして、発砲音。


 やめろ。


 乱射された鉛の玉の一つが、千咲の頭を撃ち抜いた。


 やめろ、やめろ。


 壊れた人形の様に崩れ落ちる、彼女の体。


 やめろやめろやめろ!!!


「ああああああああああああああ!!!!!」


 僕が彼女のもう動かない体を抱きしめて、吠える。




 気がつくと、噴水の前。一体、何度繰り返したのだろうか。


 僕がを言おうとして、千咲は死ぬ。言おうとしなくても、千咲は死ぬ。

 毎回毎回、僕を庇って死ぬ。


 を言おうとしているのかは、分からない。

 を言えばいいのか、分からない。

 けれど、を確かに言いたいはずなのだ。


 僕は、を言えばいいのだろう。




 __を伝えたいのだろう。

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