プロローグ

 ラーティン帝国の一角。地下深く。

 暗く冷たい洞窟の中で男はすり鉢状の闘技場を見下ろしている。

 闘技場は金網に囲われ、金網には棘が取り付けられていた。

 観客席などない。


 蟻の歩く音が聞こえそうなほどしんとした闘技場には白いシャツに白いズボン、そして全く同じ顔をした少女が二人、距離を置いて立っている。

 男は暗くニンマリと笑うと言う。


「では。戦え」


「「はい!」」


 二人の少女は一斉に動き出すと相手を殺すための最善手を模索し始める。

 素手での攻防は互角だった。

 相手の拳を受け止め、弾き、時に受け流しながら自分の拳を叩き込む。

 あらゆる動作が次の動作へつながり、一連の流れを形成する。

 一瞬一瞬の間にも相手の動きを読み、先手を打とうと画策する。


 ゴムがはじけたような音が鳴り両者が距離を取る。

 攻撃を弾いた音だった。

 お互いに素手の勝負では決着がつかないことに気がついた。


「いいぞ。素の肉体での戦闘は互角だな……!さあ、ここから……!」


「「身体強化!」」


 二人は同時にそう叫んだ。

 彼女たちの使った“ギフト”は肉体の強化。

 体内に存在するEnergy Element(通称:EE、イーイー)によって身体能力を飛躍的に向上させる。


「「うわぁぁぁぁぁ!」」


 少女の叫び。

 そして、ドォンと地面が揺れるほどのスタートダッシュ。

 少女が蹴り出した場所には足の形に地面が凹んでいる。

 上から観察している男は興奮して叫ぶ。


「速い!私の目を持ってしてもギリギリか!」


 少女たちの拳、一撃一撃に爆竹が爆発したかのような衝撃音が鳴っている。

 高速での戦いでは攻撃を受け止めてしまうことは自殺行為だ。

 受け止めた時衝撃が体まで伝わってしまう。

 反対に攻撃側も急激に動きを止められてしまい体へ多大な負担がかかる。

 少女たちは攻撃を受け流し、受け止められないように工夫して戦う必要がある。


 一方の少女が攻撃を受け止められそうになり大きく距離を取る。

 それをチャンスとばかりにもう一方はグッと距離を詰めさらなる攻撃につなげる。


「炎よ!」


 手から炎がほとばしる。

 炎を当てられそうになった少女はさっと身を翻してかわすが、服に少し火がついてしまった。


「あちち!雷よ!」


 お返し!と雷の“ギフト”を使う。

 雷はうまく狙いを定められずそれてしまったが、服についてしまった火を消すために地面をのたうちまわる時間は得られた。


「ふむ、二つ目の“ギフト”、使えるようだな。上々!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 炎を使った少女が急に声を上げる。

 炎を出した左の腕が焼けただれ落ちていた。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 雷を使った少女も、足が突如痙攣したかと思うとボトリと取れてしまっていた。


「ダメか。ふむ。身体強化してもダメなのか……?

 自然を操ろうとするとEEが暴走して自分自身を攻撃してしまうな」


 悩む男を尻目に、少女たちは戦いを再開する。再びぶつかる肉の音。




「……今回は長いな。身体強化の方はうまくいったか?」


 男は座って紅茶を飲みながら観戦している。

 戦いはもう三十分は続いていた。

 それでも決着がつかず少女たちはいまだに殴り合いを繰り返していた。

 少女たちの顔は血にまみれ、白かった服も土と血でまだら状に汚れていた。


 永遠に続くかと思われるような互角の殺し合いだったが無情にも決着が訪れる。

 片足を失っていた少女がその足を滑らせたのだ。


「あっ」


 少女のその顔には絶望の色が濃く現れる。

 男は勝負の時が近いと身を乗り出して様子を見つめる。

 テーブルに置いていた紅茶が溢れる。


「もらった!」


 片腕の少女は嬉しそうに笑うと腕を高々を振り上げて力を込める。

 そして一言。


「ごめんね」


 拳は片足の少女の顔に迫る。

 しかし、片足の少女の絶望の表情は、逆転、嬉しさをこらえきれない表情になっていた。


「あはは!ばいばい」


 片足の少女の足が、片腕の少女の鳩尾みぞおちにめり込んでいた。

 滑ったのは偽装だった。


「ぐっふっ……!」


 片腕の少女は口から血を流して飛ぶ。

 高く高く上へと吹き飛び闘技場を囲む金網に激突する。

 金網に取り付けられた棘は少女を取り囲み、少女の体に傷をつける。

 そして、少女は重力に従ってゆっくりと天井から剥がれ、地面へと。


「勝った……」


 片足の少女はそういった直後、もう一人の少女は地面に激突した。

 骨が砕ける音が鳴り響く。


「お父様。私、勝ったよ……!」


 そういって生き残った少女は闘技場を見下ろす男を見上げる。

 だが、その表情は険しかった。


「『うさぎ』は良くやったな。まさか、ここまで耐えるとは思っていなかったぞ」


 男は少女の方を向くと怒鳴り始めた。


「それにひきかえ、『やまねこ』!

 お前、なんだその体たらく!

 『うさぎ』程度に足まで持っていかれやがって!

 やはり『やまねこ』では力不足だったか。廃棄!」


 少女は顔面を蒼白にして金網に飛びつく。


「……そんな!待って、お父様!私頑張るから!

 こんなもんじゃない!もっと、殺すから!もっともっと殺せるようになるから!」


「ダメだ。君は二回も体を壊した。

 それに、言うこと聞けない子は処分するっていったよね?」


 少女は涙ながらに解決策を模索する。

 だが、すぐに論理矛盾に行き着く。

 何も言わないとこのまま処分。

 しかし、言うことを聞かない子は処分。

 何か言えば言うほど処分されてしまう!


「そ…んな……!なら、私は今までなんで……!」


「さらばだ『やまねこ』」


 男はそう言うとパチンと指を鳴らす。

 闘技場の門が開く。

 少女は助けを求めて片方しかない足でその門へ走る。

 ゆっくりと開いた扉の中から出てきたのは巨大な黒い塊だった。

 塊の正面には大きな目と口がある。

 いや、目は一体いくつあるんだ……?

 少女の涙を浮かべた顔を見た黒い塊は嬉しそうに巨大な口を歪める。

 口の中から一年以上放置した卵のような腐敗臭が漂う。


「おぇぇ……なに……これ……?」


「『にんげん』だよ。闘技場の掃除人さ」


「お父様と同じ……?」


「バカにするな!俺をこんなゴミみたいな『にんげん』と同じだと思うな!

 俺はもっと崇高な人間。

 人間に“ギフト”を取り戻すと言う高い目標を掲げ、それを達成するためにこの天才的な頭脳を働かせている」


 だが、少女は直感する。


——同じだ。同じ匂いがする。

——他を思うようにして生かし殺す!

——命を奪うことになんの頓着もなく、お高くとまってやりたいことだけやってる!

——まるで自分は動物じゃないみたいに!

——この黒い塊とあそこにいるやつの差は喋る口があるってことだけ!


「『にんげん』、私はお前らを許さない!

 お前たちの命、他の生き物以下の価値しかないことを必ず教えてやる!

 うわぁぁぁぁぁ!」


 その姿に似合わない雄叫びをあげる少女の目にはドス黒い希望の光が灯っていた。

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