第33話 ガエル町.1


大陸から突き出した幾つもの半島の間をニーニャ号は航行する


エスパニョール岬とレオナール海岸の間のブレスト海峡を渡り海峡の内側にはいる


海峡の内側は嵐から守られているので漁場としての町の発展も納得である


海峡の航路は賑わっており漁船や貿易船が行きかう


大砲を積んだ軍艦の他に海賊船の姿も見える、堂々としているので私掠船であろう


所々に見える小さな島には海軍の施設や海賊の根城も有るのかもしれない



ガエル湾に入り港町が見えてくる


港町の北側の岬の高台には高く白い城壁を持つ城が見える


白鳥をモチーフにした綺麗な城とは違い、重く硬そうな外見の武骨な要塞である



「あそこは領主様のお城です」


アイリちゃんが教えてくれる



「港には大きな船が沢山あります」


「お魚を沢山積んだ船もあります」


「中央広場には大きな市があります」


「沢山沢山食べ物が並んでます」


「お店も沢山あります」


「いろんなお店が沢山沢山あります」


アイリちゃんがぴょんぴょん跳ねながら教えてくれる



しかし、伝えたいことがありすぎるのだろう全然伝わってこない


沢山ある事だけは伝わってきたが



ミリアちゃんもモニカちゃんはアイリちゃんの横で港町を眺めている


アリサさんは俺の横で何やら出来る女ポーズを取っている



カール王子とアン王女も船室から出てきた



「お疲れさま、やっと入港だね」


「僕達はこの地の領主の所に行くけど君達も付いてくるかい?」


イケメンが風になびく髪を整えながら聞いてきます



「いや、町に宿を取ります…行きたい所もありまして」


アイリちゃんをみる



「わかった、宿はこちらで手配させよう」


アイリちゃんの孤児院の事は知らないらしい、首を傾げていた



アン王女はマイケルを抱えながらつまらなそうに城を眺めている




ニーニャ号はガエルの港に入港する


入港後に船長と船員は直ぐに荷を下ろし始める


護衛の魔術師達と騎士団は船の前に整列する


カール王子達は騎士長に何やら指示をしているようである


アン王女はマイケルを抱いてウロウロしている


うり坊を抱いた執事はアン王女の傍らに立ち


フェイさんは倒れたままである



港には大型船が幾つも停泊しており荷物の積み下ろしをしている


少し離れた桟橋では漁の終えた漁船の水揚げをしている



若い騎士2人がこちらに歩いてくる


オレンジの髪と水色の髪のイケメンである



「ティムといいます、宿にお送りします」


水色の髪のイケメンが名乗る



「デニスだ、よろしく」


オレンジの髪も名乗る



「アリサです」


「こちらは、マサトさんにミリアちゃんにアイラちゃんにモニカちゃん」


「よろしくお願いします」


アリサさんがニッコリ微笑みます



宿への道すがらイケメン騎士2人組はしきりにアリサさんに話しかけている


アリサさんも嬉しそうに話をしている


こちらではアイリちゃんが指を刺しながら町の説明をしている


ミリアちゃんとモニカちゃんが楽しそうに話を聞いている




ガエルの町は川を挟んで作られている


中央広場をまたぐ川には橋が何本も掛けられ、町中に水路も走っている


石造りの3階建ての建物に三角形の屋根が特徴的な街並みである


石の塔づくりの4階建て相当の教会、四角い鐘楼には鐘が2つ付いている



港から中央広場に差し掛かると喧噪が聞こえてくる


中央広場は屋台と露店が所狭しと並んでいる、ちょっとした迷路のようである


その迷路の中を走り抜ける影を追って走るおっさんの姿が見える


白い帽子に白いエプロンに血と肉が染みついている、肉屋のようである


肉屋は追いつくのをあきらめたのか包丁を振って何かを叫んでいる



「すいませんです、ちょっと行ってきます」


アイリちゃんが俺をみる



「ん?知り合い?」



「みたいなものです」


コクンとうなずくアイリちゃん



「いいよ、一緒に行こう」


頭をナデナデ付いていく



肉屋のおっさんは自分の屋台に戻り吊るしている肉の解体を始めている


手際よくブロック毎にに解体して店先に並べる


しかし、まだ肉の残っている骨を店の外の桶に無造作に投げ込んでいる



「シャンクさん、いつもすいませんです」


アイリちゃんが肉屋にペコリと謝っている



「おーアイリか久しぶりじゃないか?」


「孤児院を出たって聞いたぞ?」


「冒険者になったのか?」


「ケガとか無いか?」


「食っていけそうか?」


アイリちゃんの肩をバンバン叩いてまくしたてる



「はい、大丈夫です」


アイリちゃんもニコニコ嬉しそうである



「そうかそうか、それは良かった」


「教会に行くんだろ?司祭さんも喜ぶだろうよ」


アイリちゃんの肩をバンバン叩き続ける



「あんたたちがアイリの仲間かい?」


「いい子なんだ、見捨てないで面倒見てやってくれ」


「頼んだぜ」


今度は俺の肩をバンバン叩いてくる



「はい、もちろんです」


答えて猛攻から逃げる



「もういいかい?」


ティムがいいタイミングで声を掛けてくる



「アイリ行くよ」



「アイリもう行くのか、元気でな体に気を付けろよ」


シャンクが情けない顔をする



「はい、シャンクさんもお元気で」


ペコリと頭を下げて俺の所に戻ってくる



市場を歩くとアイリちゃんは何人かの店員から声を掛けられていた


声を掛けてくれるのは友好的な人ばかりなのだが


たまに、あからさまな敵意の目を向ける者もいた


この町の孤児院の出だからなのかもしれない



中央広場の市場を抜けて宿屋の建ち並ぶ一角に出る


その中でも際立つ外見、豪華絢爛の宿屋にティムとデニスが入っていく


受付で何やら話をしている


しばらくするとペッタリオールバックのザンス髭の支配人風の男が姿を見せる


いきなり腰を曲げて揉み手をしている


ティムとの話は済んだようで今度はアリサさんと話をしている



「話は通してある、自由に滞在してくれ」


「俺達は隊に戻る」


ティムが言う



「じゃ、これで」


デニスが手を振りながら外に出て行く



「お待たせしました」


「お部屋に案内いたします」


メイド服をきた栗色の髪の少女に案内されて部屋に行く




女の子達は別のメイド娘に案内されていった


俺が案内された部屋はテーブルが一つにベットが4つの部屋である


明り取りの窓の向こうは壁である、さらには布団は藁で麻のシーツ


こんな豪華な宿にこんな部屋が有るのかと信じられない


騙された気分である


気分直しに風呂に入ろうと浴場の場所を聞きにカウンターに向かう


カウンターではミリアちゃん達も浴場の場所を聞きに来ていた



「えっ浴場ですか?下男の方はだいたい裏の川を使っていますが?」


メイド娘が驚いた顔で話す



「俺はカール王子の客として来てるんだけど?」


確かに見た目は下男ですけどね、威厳も無いし



「すいません、少々お待ちください」


メイド娘がオロオロ、キョロキョロする



アリサさんと話しているザンス支配人の所に走って行く


メイドの話を聞きながらこちらをチラチラ見ている



「お話はお聞きいたしました」


「カール王子様のお客様とお伺いしましたが」


「証明できるものは何かございますか?」


腰を曲げて揉み手で丁寧な言葉遣いだが、馬鹿にされている気がする



「いや、騎士団の人が話してないの?」



「はい何も、アイリ様達の宿泊はお伺いました」



「あーそうなんだ、なら自分で払うから部屋案内してくれる?」



「申し訳ございません、空いていた部屋は全てカール王子様の貸し切りとなりました」


「それに当宿はこの町で最高の宿で御座いますので、宿泊料もお高めでして」


まあ、平民だし扱いはそんなものかと



「あら?何を悩んでいるの?」


「マサト君は私たちの部屋に来ればいいじゃない?」


「どうせ同じベットで寝るんだし」


話を聞いていたアリサさんが横から口を出す



支配人が凄く嫌そうな顔をする



「いや、それも良いけど」


「この話をカール王子にして、旅の同行を断ろうとかと」


「この先もこんな事が続きそうで、何かめんどくさい」


「贅沢出来ないならカール王子達と一緒に居る意味無いしね」


「合流したい時はアイリちゃんが俺を探してくれるよ」



「でも、そうなるとティム君とデニス君が処罰されるわよ?」



「俺には関係ないでしょ」



「こちらの支配人も処罰されるわよ?」



「それこそ俺には関係ないし」



「じゃあ、今日の夜は私はどうすれば良いのよ?」



「そこは我慢するしかないだろ」



「あのーなんで私が処罰されるので?」


支配人が口元をヒクヒクさせながら聞いてくる



「それは、カール王子様の客を追い出すんですもの当然でしょ?」


アリサさんが答える



「しかし私はこちらの方が客人とは騎士団の方から聞いていませんが?」


汗を拭きながらザンス支配が話す



「それでも当然処罰されるでしょうね」


「カール王子様が直々に同行の依頼をした相手を追い出すんですもの」


「しかも、それを理由にこれ以降の同行を辞退すると言ってるし」


「騎士団の2人は爵位剥奪で前線送りか一兵卒まで格下げ」


「あなたは首が飛ばされるか、運が良くても死ぬまで獄中生活じゃないかしらね」


興味なさげに今後の展開をザンス支配人に語るアリサさん



「体を綺麗にしたら宿に行くから待っててね、マサト君」



「待つのはいいけど、町を見て回るつもりだよ?」



「うふふ、もちろん観光もするわよ」



「おまちください」


「部屋を用意いたします、すぐですのでお待ちください」


「これはわたしの判断で行います」


「騎士団の方から何も言われていませんが、わたしの判断で部屋を用意いたします」


「カール王子様のお客様に相応しい部屋を、私がご用意いたします」


「ですのでカール王子様には良しなに、良しなにお伝えください」


「よろしくお願いいたします」


大粒の汗を床に落としながら、ザンス支配は90度の最敬礼の姿勢を取っている



「ああ、ありがとう」


素直に礼をいう



アリサさんがザンス支配人に何か指示をしている


ザンス支配人は何度もうなずいてからメイド娘数人に指示している


そして案内されたのはロイヤルスウィートである



部屋に入ると直ぐにリビングルームが広がる


キッチンも付いており料理も出来るようになっている


コンロに水袋にランプに冷蔵庫に冷凍庫などなど魔導の品が勢ぞろい


魔石が幾つあっても足りないのではないだろうか、王族恐るべしである


奥には小さい部屋が3つに普通の部屋が2つと主賓のへやが1つ


主賓の部屋にはキングサイズのベットに天蓋が付いている、王様ベットである


マットレスに柔らかい敷布団、更には絹のシーツである


小さな浴場まで付いている、1人用の綺麗な模様の陶器のバスタブである


水袋から水を出してコンロで沸かすと幾つ魔石が必要になるのだろうと考える


窓を開けるとベランダに通じており町の中心を流れる川が見える、展望もいい


素直に王族って凄いなと感心する



大浴場も素晴らしかった大理石の床に壁に埋め込まれた数々の彫像


こりゃこの町で最高級でお高いというだけの事である、一泊で大金貨が消えるだろう


石鹸までも高級に感じる、実際にそうなんだろうがまろやかな感じである


お湯まで柔らかく高級に感じたが、これは気のせいだと思う



ベランダでデッキチェアに座り涼みながら景色を堪能する



「おまたせ」


アリサさんが俺の上に尻を下ろして腕を首筋に絡めてくる



「スベスベでしょ?」


「オリーブオイルが置いてあったの」


腕で俺の頬をスリスリする



ミリアちゃんとアイリちゃんとモニカちゃんもお互いに腕をスベスベさせている


相当嬉しいのであろう、楽しげである



「では、行こうか」



まずは、孤児院に向かうとする




孤児院は町の北東、町を守る壁の傍にあった


建物と建物の隙間の様な空き地に建てられている


廃材で作られたような木造の平屋であり、ガラスは無く窓板が開いていた


外には洗濯物が干してあり風に揺れている


礼服を着た男が薪を割り、幼い少年が薪を運んでいる



「ここです」


「司祭様です」


恥ずかしそうにアイリちゃんが呟く



「行こうか」



うなずくが、アイリちゃんは気乗りしないようである



孤児院に歩いていくと子供が走ってくる


司祭がこちらに気が付き薪を割る手を止めている



「アイリおねえちゃん」


くろぶち着ぐるみ系犬人族の少年が走ってくる



「アイリおねえちゃん、おかえり」


アイリちゃんに飛びついてくる



「ただいま、ケント」


ケント君を抱きしめるアイリちゃん



「おかえり、アイリ」


司祭も歩いてやってきた



「ただいまです、司祭様」


司祭に顔お向けずにしゃべるアイリちゃん



「戻ってきてくれて嬉しいよ、アイリ」


頭を撫でる司祭



「はい」


少し照れるアイリちゃん



「君たちがアイリを?」


「奴隷から解放」と繋げたかったのかもしれない



「マサト君がね」


アリサさんが代わりに答える



「ありがとう、礼を言います」


「どうぞ、こちらに」


孤児院に案内してくれる



孤児院は朝食作りの最中であった


着ぐるみ系やコスプレ系の獣人の子たちが13人ほど働いていた


年上の子が年下の子の面倒を見ながらみんなで作っている


薪をかまどに入れて湯を沸かす


肉も刻んで骨も割る、野菜の皮をむいて細かく切って鍋に入れる


一番下の子は乳児の世話をしている、ミルクを布にしみこませて飲ませている



アイリちゃんを見ると子供達は料理そっちのけでアイリちゃんに群がる


アイリちゃんも嬉しそうに1人1人に挨拶をしている



ミリアちゃんとモニカちゃんはその場から離れ、食事の準備を手伝う


俺とアリサさんは司祭に呼ばれて奥に部屋に行く



「みんな、朝食の準備に戻りなさい」


黒髪に金の瞳、黒い尻尾のコスプレ系猫人族の少女が子供たちをたしなめる



雲の子を散らすように子供達はアイリちゃんから離れて食事の準備に戻る


黒猫の少女はアイリちゃんに抱き着いて独り占め、ご満悦である



「ノアお姉ちゃんずるい」


気が付いた着ぐるみ系の熊人族の少年が叫ぶ



それを聞いた子供たちがアイリちゃんの下にまたもや集まる


今度は揉みくちゃにされているアイリちゃんである



司祭の部屋は簡素な寝台と机が一つだけある部屋だった



「まずはお礼を言わせてもらいたい」


「今年は景気も悪く漁も不良で余り寄付も頂けなくて」


「アイリを奴隷として売ることになってしまいました」


「私の不徳となす所であり、人様に顔向けできない有様です」


「本当にありがとうございます」


司祭が頭を下げる



「いや、俺は好きでやってるので」


「アイリちゃんも自分から奴隷になったと言ってましたし」


「司祭さんは良くやってる方なんじゃないですか?」


「アイリちゃんが戻ってきたことがそれを証明してると思いますよ」


「話がこれだけなら戻りましょう」


俺に言えることなんて無いしね



「そうですね、楽しい話では無いですしね」


「朝食を食べて行ってください」


「今日は肉を分けていただいたんですよ」


扉を開けて外に出る司祭、作り笑いが板についているようである



食卓には朝食のスープとパンが並んでいる


肉野菜のスープにライ麦パンなのだが


まずはパンが固い半端なく硬い、日が経って硬くなったパンなのだろう


カチンコチンであるスープに浸して柔らかくしないと食べられない、石かと


スープの野菜も自家栽培と市場のクズ野菜を貰ってきたのか生ゴミのニオイがする


ミリアちゃんがポーチの中の香辛料で誤魔化したようだが、それでもこれはツライ


アイリちゃんとミリアちゃんとモニカちゃんは奥面にも出さずに食べてる


気にならないわけないのに


アリサさんは涙を流しながら食べてる、頑張ってる


俺も食べられないとは言えない、食べるしか選択肢がない



「今日のスープは美味しいね」


「うん、美味しいね」


「いつもと何が違うんだろう?」


「お姉ちゃんが料理が上手だからかな?」


「こんなおいしいスープ始めてだね」


子供たちは大絶賛だ、これは涙が止まらない



食後は子供達とすごす


ミリアちゃんとモニカちゃんは片付けと幼児の世話のお手伝いをしている


アイリちゃんは食後も囲まれている、アリサさんは揉みくちゃである



「そろそろ、行こうか」


お勉強の時間のようなので、そろそろ帰ることにする



「またいつでも来てください、子供達が喜びます」


司祭と子供たちが見送ってくれる



「司祭様これを」


アイリちゃんが海賊船から持ってきた財宝を司祭に全部わたす



「ありがとうアイリ」


「でも君は孤児院を出た身だ、これは自分の為に使いなさい」


「寄付として今回はこれで十分ですよ」


金貨1枚だけ取って残りはアイリちゃんの手に戻す



「でも」


しょぼーんなアイリちゃんである



「アイリ、まずはあなたが幸せになりなさい」


「そして、溢れるほど幸せになったのなら周りに分けてください」


「これからは、自分を大事にするんですよ」


司祭はアイリちゃんの手を強く握る



「はい」


アイリちゃんは寂しげである



司祭と子供たちには見送ってくれる、姿が見えなくなるまで手を振ってくれる


ずっと見送ってくれる


何もしてあげれない自分の無力さを感じる、作り笑いで孤児院を後にする






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